1979年8月に「SF宝石」というSF専門誌が隔月刊で創刊される。出版社は光文社である。

書名は、戦後まもなく創刊されたミステリ誌「宝石」(1946-64年。増刊号である「別冊宝石」は、翻訳作家特集や、新人作品などが多数載った。江戸川乱歩らも編集に参加)から採られたもの。旧「宝石」は、初期のSF作家の作品を積極的に掲載したこともあり、SF界への影響も大きかった。現在の「宝石」(「小説宝石」)とは、内容的にもまったく別物である。

「SF宝石」は、同時期に創刊された「EQ」と姉妹誌になる(隔月で両誌が交互に刊行されていた)。しかし、翻訳中心の娯楽雑誌を狙った出版社の目論見は外れ、採算がとれないまま2年後に廃刊。「EQ」のみが、ミステリを出版する会社の象徴として残された(99年まで。2000年からは内容を創作寄りに改めた旬刊「GIALLO(ジャーロ)」となる)。

同誌の書評欄SFチェックリストは、その月に出た主な作品すべてをレビューしようという、画期的な編集方針でスタートした。伊藤典夫、鏡明らを中心に、レビュアーも新進の若手を起用した。当時急速に膨らみ始めたSF出版物を、文字どおり“網羅”しようとする野心的試みだった。

awaybull2.gif (77 バイト)1979年8月から1981年6月までの担当者:
awaybull2.gif (77 バイト)伊藤典夫 ・鏡明・安田均・伊藤昭・大野万紀・岡本俊弥
  井口健治(1979/8のみ)

創刊号収録のレビューは、1979年3月10日から5月10日までの34冊。ワープロ、パソコン以前の時代であるため、岡本分のみpdfファイルで収録した(以下同様)。

SF宝石には、チェックリストの一環として「この一冊・徹底チェック」という特集があった。毎号注目作を1編選び、矢野徹、伊藤典夫と著者(翻訳者)による鼎談で分析するものだった。
 
初回は眉村卓『消滅の光輪』(早川書房)である。この作品は、1979年の星雲賞日本長編部門(日本SFファングループ連合会議主催)、同年の第7回泉鏡花文学賞(金沢市主催)等を受賞した。

(注:矢野徹は2004年10月に亡くなっている)

SF宝石1979年8月号

 
1979年10月(2号)収録のレビューは、1979年5月15日から7月10日までの34冊。

余談だが、広告欄にあるトランザムはビデオデッキではなく、TV付きのオーディオカセットデッキ。小型ビデオデッキが家庭向けに普及するのはまだ数年後のこと。

「この一冊・徹底チェック」は、山田正紀『チョウたちの時間』(角川書店)が取上げられた。本書は2006年時点で140冊の著作がある著者の、デビュー後4年12冊目の単行本にあたる。

SF宝石1979年10月号

 
1979年12月(3号)収録のレビューは、1979年7月15日から9月10日までの34冊。

いかにも当時の中間小説誌らしい広告だが、このころSF宝石を買う主な読者が、“リウマチ神経痛”に悩んでいたとも思えない。SF宝石、SFアドベンチャーは、結局雑誌のスタイル(コレクションの対象ではなく、読み捨てられるもの)を変えられず、熱心な支持者も得られなかった。

(注:それに比べると、最近の中間小説誌の広告はずいぶん垢抜けしている。読者の世代交代も、原因にあるだろう)

「この一冊・徹底チェック」は、川又千秋『海神の逆襲』(徳間書店)が取上げられた。今ではシミュレーション戦記の方で知られる著者だが、本書がSFコアな作品から冒険ものにシフトする最初の作品となった。専業作家になったのは80年から。

SF宝石1979年12月号


 
1980年2月(4号)収録のレビューは、1979年9月15日から11月10日までの34冊。

「この一冊・徹底チェック」は、堀晃『太陽風交点』(早川書房)が取上げられた。ハードSF期待の新作であり、大いに注目された。この作品が第1回日本SF大賞を受賞したのは1年後の1981年、出版権をめぐる騒動が持ち上がったのも同年のことである。

SF宝石1980年2月号

 SF宝石の時代では、後年のような年間ベストは選出されていない。
 1979年全般については、1980年の2月号に簡単な総括記事が掲載されている。
 そこで書かれている内容は、

 1.SF宝石とSFアドベンチャーの創刊(当時は、SFマガジン、奇想天外、スターログも健在)
 2.眉村卓の泉鏡花賞、田中光二の角川小説賞
 3.梶尾真治、森下一仁再デビュー
 4.インベーダーゲームの流行(いわゆるアーケードゲームマシン時代の始まり)

 などである。
 もう一つ、KSFA(Digital NOVAQ参照)の、ノヴァ・エクスプレス1980年5月号掲載の1979年ベストは以下の通り(読者投票)。

 翻訳長編
 1.クリストファー・プリースト 『ドリームマシン』(東京創元社)
 2.ジョン・ヴァーリィ 『へびつかい座ホットライン』(早川書房)
 3.アーシュラ・K・ル・グィン 『天のろくろ』(サンリオ)
 4.トマス・M・ディッシュ 『334』(サンリオ)

 翻訳短編集
 1.サミュエル・ディレイニー 『時は準宝石の螺旋のように』(サンリオ)
 2.アイザック・アシモフ 『世界SF大賞傑作選7』(講談社)
 3.ラリィ・ニーヴン 『無常の月』(早川書房)

 創作長編
 1.山田正紀 『宝石泥棒』(SFマガジン連載)
 2.山田正紀 『チョウたちの時間』(角川書店)
 3.筒井康隆 『大いなる助走』(文藝春秋社)

 創作短編集
 1.筒井康隆 『宇宙衛生博覧会』(新潮社)
 2.堀晃 『太陽風交点』(早川書房)
 3.梶尾真治 『地球はプレインヨーグルト』(早川書房)

 

1980年4月(5号)収録のレビューは、1979年10月20日から1980年1月15日までの34冊。

「この一冊・徹底チェック」は、石川英輔『大江戸神仙伝』(講談社)が取上げられた。著者はその後も、江戸を舞台にしたノンフィクションを含む一連の作品を書き継いでいくことになるが、本書は最初の1作にあたる。

SF宝石1980年4月号

 

1980年6月(6号)収録のレビューは、1980年1月15日から1980年3月10日までの34冊(『幻魔大戦1』のみ79年11月30日)。

「この一冊・徹底チェック」は、スタニスワフ・レム(深見弾)『泰平ヨンの航星日記』(早川書房)が取上げられた。
(注:深見弾は1992年、レムは2006年3月に亡くなっている)

SF宝石1980年6月号

 

1980年8月(7号)収録のレビューは、1980年3月13日から1980年5月15日までの34冊(『アルクトゥルスへの旅』のみ1月30日/2月25日)。
「この一冊・徹底チェック」は、式貴士『連想トンネル』(CBSソニー出版)が取上げられた。正体不明の作家と言われていたので、本人が写真入でインタビューに答えている 記事は珍しい。
(注:式貴士はウラヌス星風、間羊太郎等、多くのペンネームを使い分けていた 。1991年に58歳で亡くなっている)

SF宝石1980年8月号


 

1980年10月(8号)収録のレビューは、1980年5月15日から7月5日までの34冊。
「この一冊・徹底チェック」は、かんべむさし『言語破壊官』(朝日新聞社)が取上げられた。著者は、1974年に「決戦・日本シリーズ」(早川書房主催の第4回SF三大コンテストで選外佳作)でデビュー後、80年までに15冊を出版していた(2006年までで62冊)。

SF宝石1980年10月号


 

1980年12月(9号)収録のレビューは、1980年7月15日から9月5日までの34冊。

「この一冊・徹底チェック」は、横田順彌『小惑星帯遊侠伝』(集英社)が取上げられた。この回は、矢野徹に代わって鏡明が鼎談に加わっている。1977年デビュー以来19冊目、ハチャハチャSFと呼ばれる独特の言語感覚で書かれたSFを特徴としてきた作者が、新規に取り組んだヤクザ映画風スペースオペラ。 著者には、2006年現在136冊の著作がある。

SF宝石1980年12月


 

1981年2月(10号)収録のレビューは、1980年9月10日から11月15日までの34冊(『超SF映画』のみ8月31日刊)。
加山雄三はまだデビュー20年だった。

「この一冊・徹底チェック」は、高千穂遥『銀河番外地』(徳間書店)が取上げられた。高千穂遥もデビューは1977年(クラッシャー・ジョー)。

SF宝石1981年2月号

 1980年全般については、1981年の2月号の記事では、ほとんど出版状況が分からないので、KSFA(Digital NOVAQ参照)版日本SF年鑑(1981年版)掲載のベストを 紹介する。大量の作品が挙げられているため上位10作程度を抜粋する。この前後から1日1冊以上のSFが刊行され始めたせいでもある。

 翻訳長編
 1.マイクル・コニイ 『ハローサマー、グッドバイ』(サンリオ)
 2.サミュエル・R・ディレーニイ 『エンパイアスター』(サンリオ)
 3.デイヴィッド・リンゼイ 『アルクトゥールスへの旅』(国書刊行会、サンリオ)
 4.マイクル・コニイ 『ブロントメク!』(サンリオ)
 5.トマス・M・ディッシュ 『歌の翼に』(サンリオ)
 6.アルフレッド・ベスター 『コンピュータ・コネクション』(サンリオ)
 7.アーサー・C・クラーク 『楽園の泉』(早川書房)
 8.リチャード・カウパー 『大洪水伝説』(サンリオ)
 9.バリントン・J・ベイリー 『時間帝国の崩壊』(久保書店)
 10.スタニスワフ・レム 『浴槽で発見された日記』(集英社)

 翻訳短編集
 1.フリッツ・ライバー 『バケツ一杯の空気』(サンリオ)
 2.ジョン・ヴァーリー 『残像』(早川書房)
 3.ジョン・バース 『キマイラ』(新潮社)
 4.J・G・バラード 『ヴァーミリオン・サンズ』(早川書房)
 5.ファーマン&マルツバーグ編 『究極のSF』(東京創元社)

 創作長編
 1.山田正紀 『宝石泥棒』(早川書房)
 2.山尾悠子 『仮面物語』(徳間書店)
 3.山田正紀 『デッドエンド』(奇想天外社)

 創作短編集
 1.河野典生 『街の案内図』(徳間書店)
 2.かんべむさし 『言語破壊官』(朝日新聞社)
 3.山尾悠子 『オットーと魔術師』(集英社)
 4.
山田正紀 『超・博物誌』(徳間書店)
 5.筒井康隆編 『実験小説名作選』(集英社)


 

1981年4月(11号)収録のレビューは、1980年11月10日から12月31日までの34冊。

「この一冊・徹底チェック」は、夢枕獏『遙かなる巨神』(双葉社)が取上げられた。夢枕獏もデビューは1977年 (NULL掲載「カエルの死」が奇想天外に転載された)。メルヘン風の作品や言語実験を主体にしていた作者が、後の『上弦の月を喰べる獅子 』(1989)等に連なる、壮大な設定のファンタジイに挑んだ点が注目された。本書は3冊目の著作にあたる。

SF宝石1981年4月号


 

1981年6月(12号)収録のレビューは、1981年1月20日から3月10日までの34冊(『宇宙叙事詩』のみ80年11月7日刊)。

この号でSF宝石は休刊になる。「この一冊・徹底チェック」では、鏡明も加わって、チェックリストの意義を述べ合った(表題にあるような単行本化はなかったが)。この後、この企画は内容そのままで、ライバル誌「SFアドベンチャー」に異動することになる。

SF宝石1981年6月号