(ハヤカワ文庫版カバー)
この書評は、『世界のSF文学』(第3版/自由国民社)に収録されたもの。同書の性格から、書評というより紹介記事に近い内容となっている。(1984年12月刊) |
ただの孤児に思えた。
その子供は、五才ぐらいで、痩せ衰えていた。しかし、引き取り、育てるうちに、農夫の廻りでは、奇妙なことが起こり始める。巨大な獣が、幻のように、子供の後に現われるのだ。まさか、そんなはずがない――そう思う農夫の前で、一瞬の変身が起こる……。
熊に似た野獣には、複数の人格が共存していた。一つは、高度な知性をもつ野獣の心、そして、独立した人間の人格。5才の子供、12才の少年、変幻自在の体を共有して、まるで別々の人生が生きられていく。
第三の人格は、大人のものだった。その男は、ついに一人の人間として、結婚までする。けれど、彼らの利害、青春や幸福は、野獣の意志と相容れないものだった。なぜそうなのか、自分の正体とは何か。秘められた謎には、獣自身にも分からない過去があった。
ロバート・ストールマンは、本書の出た年に、50才で亡くなっている。大学教授を勤め、評論などの著作はあるが、小説は他に書いていない。ファンタジィとも、SFとも言える物語に、日常的な感性を持ち込んだ、特異な作品である。
翻訳書には、宇佐川晶子訳 『孤児』、『虜囚』、『野獣』 (早川文庫)の三部作がある。 |