首都消失
小松左京(徳間書店1985/3刊)


SFアドベンチャー
(1985年7月)

首都消失
(徳間ノベルズ版カバー)

Amazon『首都消失』(角川春樹事務所)
(角川春樹事務所版カバー)

 小松左京には、ずいぶん昔から“消失”というテーマがあった。最初期の短編「お召し」は、ある日突然、大人たちのいなくなった社会を提示している。少年少女だけになった社会のありさまを描いたものだ。このテーマは、後に『こちらニッポン…』(わずか数十人を除いて、日本国民がすべて消失してしまう)で、再び物語れることになる。

 同様に、「物体O(オー)」(関東地方に置かれた円形の壁)は、『首都消失』に直結する原型といえるだろう。実は、本書に至るまでに、壁の内側のお話は「アメリカの壁」(アメリカ周辺に突破不能のの壁が出現し、世界との交信が一切途絶する)で、既に書かれているのである。必然的に、本書『首都消失』は、壁の外、そして前述の“消失”という、二重のテーマを持つことになる。「物体O」や「アメリカの壁」は中編だったため、前者では非常にマクロな視点に終始したし、後者はアメリカ社会にまぎれ込んだ異邦人という、個人的な視点しかなかった。本書では、その視点が『日本沈没』のレベル(マクロとミクロの混在)にまで引き上げられている。

 各作品の位置関係を図示すると下記のようになる。

(*注)
 右段の舞台スケールに掲げた作品群は、舞台の規模〈太陽系、地球、日本、東京等>こそ異なるものの、同一テーマ、同一シチュエーションを追求したものといえる。それほど作者にとって永遠のテーマなのである。 

原アイデア 舞台スケール(昇順)
さよならジュピター
日本漂流→ 日本沈没
お召し→ こちらニッポン…
物体O→ 首都消失/アメリカの壁
 
【ストーリー】
 早朝、東京に向かう新幹線は、名古屋を出てしばらく進むうちに、濃霧に飲まれ停止する。そのうち、東京が霧の壁によって閉ざされ、すべての交通通信が途絶していることが判明する。直径30キロの円筒は、物理的に不透過な文字通りの壁を形成していたのだ。行政、外交、マスコミのあらゆる中枢“首都”を失うことは、日本に計り知れない打撃を与える。
【人物】
 S重工課長朝倉。研究部長竹田。顧問大田原。しかし、中心になるのは地方新聞の野人、田宮である。地方に隠退していた老政治家も登場する。
【政治】
 中央政府が消滅した後、地方自治体による、政府臨時国政代行機関が作られる。
【経済】
 大阪日銀を中心に必死の建て直しが試みられるが、GNP2割減(東京地方)の穴埋めは難しい。
【外交】
 生き残り外交官により、米ソの干渉だけはなんとか食い止められる。
【軍事】
 ソ連による大規模な威嚇演習が行われる。
【“壁”】
 円筒の上空を飛行した米軍のEP3Eは、強烈なニュートリノと雷撃を浴びる。同時に、筑波の粒子観測装置は、水平方向から飛来するニュートリノを記録していた。1章を費やして描かれるこの部分の密度が、凡百の政治サスペンスと、小松SFとの差を示すところだろう。

 結局壁の正体が何であったのか、首都消失が、日本を本質的にどう変えてしまったのか、明快な答えは得られないまま、物語は終わる。しかし、それは本来読者がみつけるべき解答であり、問題の性格からいって、決して正解の得られるものではない。

 物語は問う、“首都消失”とは、何を意味するものか、と。