ありえざる伝説
W・ゴールディング、J・ウィンダム&M・ピーク作
(早川書房1983/10刊)


SFアドベンチャー
(1984年1月)

ありえざる伝説(早川書房)
(ハヤカワ文庫版カバー)

 1956年に出版された、中編3作を収めるアンソロジイである。収録作品は、十数年前に各誌バラバラに翻訳されたが、もともと本書のために書下ろされたもの。ただ、このアンソロジイは、SFともファンタジイともつかない中途半端な線をねらっていて、本当なら失敗していたはずなのである。内容的に、特に一貫性があるわけではない。しかし、ゴールディングは『蝿の王』(1954年)を出して間もないころだし、ウィンダムも『トリフィドの日』(1951年)から『呪われた村』(1957年)までを執筆中、ピークは「ゴーメンガスト3部作」を書き継いでいる最中(完結は1959年)と、ちょうど3作家共絶頂期にあって、どれも代表中篇といっておかしくない出来栄えだ。

 ノーベル賞作家ゴールディングの「特命使節」は、ローマ帝国の老皇帝の前にあらわれた発明家の話。発明家は、大砲や蒸気機関、印刷機までも考案する。しかし、熱心に社会改革を説く発明家に対して、皇帝はなかなか首を縦に振ろうとしない。やがて、発明家の存在は軍人の疑心暗鬼を呼び、クーデターが起こりそうになる…。ゴールディング一流の寓話。老いた皇帝と若い大公の対比、科学は本当に人々の幸福につながるかという、単純なものではあるが一種の科学談義など、会話の面自さがなんといっても圧巻。後に戯曲化されたのも当然だろう。

 ウィンダムは、もう過去の作家となりつつある(そういう意味では、既に故人となっているピークや、過去の業績でノーベル賞を取ったゴールディングも同じことだが)。『トリフィドの日』の作者といっても、ピンとこない人もいるだろう。けれども、五○年代のSFシーンで、欠くことのできない作家だ。バラード、オールディス、クリストファーらにも見られる、イギリスSFお得意の破滅後の世界描写に、独得のものがあった。本篇「蟻に習いて」も、破滅後ものの一変型 である。男が死滅し、女だけの社会となった未来を、現代への批判を交えながら描いている。ジョアンナ・ラスのような、アメリカ現代女流SFの見方と、比べてみるのも一輿だろう。物語がやや単調に流れるところもあるが、会話を主体に、執拗に論じられる社会論議は、それなりの追力がある。そういう(女だけの)社会を生み出す原因となった科学、そういう社会を維持するカとなった科学に対しても、疑念を表明している。前のゴールディングと共通する視点かもしれない。

 「闇の中の少年」は、先の2作とはややムードが違っている。ピークの未訳の大作『ゴーメンガスト』のムードを伝える中篇だ。暗い薄明の世界、獣たちに変えられた2人の人間(山羊とハイエナ)と、創造者である子羊、彼らの住む廃鉱を訪れた少年の奇怪な冒険譚である。ゴーメンガストとは城の名称で、一つの世界、小宇宙をなすもの。トールキンの『指輪物語』やエディスン『邪龍ウロボロス』と並ぷ、アダルトファンタジィの代表的傑作といわれる。現実との対比を超越した、小説の究極に位置している。

 以上3中篇、三種三様、まとまりがないように思えたのに、通読してみると、意外に共通した雰囲気がある。イギリス幻想小説の伝統は、ゴールディングの(本来風刺寓話だけの)話にSF味を感じさせ、ウィンダムの(純然たるSF)小説に文学味を加え、一方ピークの世界構築に(夢物語以上の)堅牢さを与えている。このプラスアルファが、もともとの“SF”や“主流文学”“幻想小説”に厚みと現実感という共通項を感じさせるようだ。この3篇、もしお読みでない方がいたら、ぜひ目を通されるようおすすめする。