ミクロの決死圏2
アイザック・アシモフ(早川書房1989/4刊)
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ハインライン、クラーク、アシモフの元祖御三家は、精力的に新作を発表し続ける現役作家である(ハインラインは亡くなる直前まで)。しかし、全盛期はともかく、名声を博してから40年が経ると、新作を書く姿勢の違いが明らかにでてくる。科学的ディティールにすぐれた、まとまり重視の作品を書こうとするクラーク。過去への執着がなく、読者の戸惑いをまねくほど、野放図だったハインライン。そして、シリーズの集大成となる、続篇に執念を燃やすアシモフ。もともと、ノンフィクションが著作の大半を占めるアシモフだが、最近小説の完成度(というか、従来いわれてきた、人物が描けていないという欠点の克服)を、重視するようになってきた。 さて、本書はノヴェライゼーションである『ミクロの決死圏』(1966)とは違って、純粋のオリジナル作品。続篇ではない。前作のように、映画化が進み、すでに脚本があったものとは異なる。(ややこしい経緯があって、これの詳細は訳者解説に書かれている)。設定も、特に関連はなく、舞台はソ連。登場人物も、主人公を除いて全員ロシア人である。このあたり、クラークの『2010年宇宙の旅』と同様、テクノロジイのエキゾティズムを、掻き立てる意味もあるだろう。なんといっても、巨大科学をあつかえる国は、アメリカとソ連しか(当面)ない。いくらエキゾティックでも、たとえば、ハイテクでアメリカ征服をたくらむ日本企業が舞台では、スケール的に無理がある。 主人公はアメリカ人で、うだつの上がらない神経物理学者である。画期的な学説をもっているが、誰もその実験の追試に成功しない。学者生命を失おうとしている。しかし、なぜか彼は、学会でソ連の女性科学者に声をかけられ、誘拐同然に連れさられる。目的地は、ソ連が極秘で進める、ミニチュア化プロジェクトの基地。いましも亡くなろうとしている学者の頭脳に入り、その記憶を探りだそうというのである。探査は、乗組員5名の潜航艇で行なわれる。豪放なパイロット、律義な女性艇長、鼻持ちならない若手神経物理学者と、もと恋人で復讐心をいだく女性学者──しかも、予定を早めたために、艇には重大な欠陥が潜んでいるのだ。 艇は、ニューロン内部まで潜入するため、分子サイズまで縮小される。今度は、縮小にともない、プランク定数も小さくなるフィールドが生じるという考え方で、質量が増大する矛盾(なぜ、サイズが縮小されることで、重量も縮小されるのか。原子まで縮小されると物理法則が成立たない)を解消している。 本質的に新『ミクロの決死圏』は、瀕死の人間の脳をめざすという、前作の再話である。同じ登場人物の組合せ(5人)、頚動脈から脳へと注射器で注入されるシーンなど、前作の枠組みを踏襲している。ただし、物理的なサスペンスより、人物間の葛藤を中心にすえ、科学的な矛盾を極力のぞき、最新神経科学の成果を盛りこんだ、完全版『ミクロの決死圏』である。ノヴェライズであった不満を、20年ぶりに解決した、アシモフの執念が読みとれる。最後には、得意のオチまでついている。大冒険アクションではない分、単純明快な前作とくらべて、どちらが面白いか、議論の分れるところだろう。全体的に、さすがアシモフ、なかなかがんばっている、という感じ。もっとも、心理描写には、やや無理がある。人間の性格が、こうも急転直下変っていいのだろうか。 ひとことで言って、完成度を増した全面改定新版。ぶ厚いけれど、こまかい描写はどんどん読みとばして、軽快に読むのがコツ。 |
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