たったひとつの冴えたやりかた
ジェームズ・ティプトリー・ジュニア(早川書房1987/10刊)


SFアドベンチャー
(1988年1月)

starryrift.jpg (7826 バイト)

 ティプトリーが死んでから、あらゆる作品の評価が、微妙に違ったものになってしまいました。成らざるを得なくなったのです。それまでも、ミステリアスな経歴と作風から、作品に対する括弧付きの見方は多かったのです。けれど、雑誌に訳載された当時、本書の中篇は、確かに面白いんだけど、近ごろのティプトリーは何考えてるんだろうね……という、醒めた印象の方が強かったように思います。異常な死であったがために、本書とのギャップに困惑された方も、おおぜいおられたのではないでしょうか。

  「小説のような」 、そんなありきたりの表現が、彼女の履歴でした。ジャングルの少女アリスから、CIAの設立に力を貸し、やがて、ワンダーランドのSF作家アリスになり…… (詳細は、本書や『愛はさだめ、さだめは死』の解説をごらんください) 、波乱万丈の経歴は、 (何人かが既に指摘していることですが) あのコードウェイナー・スミスを思わせます。大戦をはさんで、しかも国際間を渡って生きた人たちには、どこか似通った感性があるようです。作家の生きざまは、小説の謎を解く鍵であるといわれます。もちろん、経歴だけで、SFのような種類の小説が、すべて説明できるとは思えません。しかし、一般人には窺い知れない特異な体験が、あの虚無感の源であろうことは十分予想できます。ただ、だとしても、この本をどう解釈すればいいのでしょう。

 「たったひとつの冴えたやりかた」 の、知能を持った病原菌に取り憑かれた少女が、精神的成長の果てに、どうして死ななければならないのか――当然ハインラインなら、こうは描かなかったでしょう。

 「グッドナイト、スイートハーツ」 で、苦難の末危機を抜け出し、ようやく巡り会えた恋人たちが、なぜまた別れなければならなかったのか――技工的理由でしょうか。

 「衝突」 異質な文明同士の戦争を、小さな探検船の乗組員が、なぜ必死に防ごうとするのか――平和を守る勇気の重要さを、説いて入るのでしょうか。

 そしてまたこれらの作品が、なぜ自分の身を挺してだれかを守ろうとする、天真爛漫なヒーロー達を描いているのでしょうか。

 一見、極めて分かりやすいお話なのに、他の作家ならともかく(!)、ティプトリーが何を考えて書いたかを詮索すると、今度はまったく分かりにくくなってしまいます。関係ないや、と割り切れないのが、長年の読み手の悲しき習性です。なるほど、孤独と死、犠牲的精神というモチーフは、簡単に見出だせるでしょう。ぼけ老人の夫を抱え、自身も老いたティプトリーが、おとぎ話に織り込むには、うってつけのテーマかも知れません。しかし、これらの物語では、狂おしいまでに何かを達成しようとする人物が、おおぜい登場します。死期を悟った老人が、なぜそうまでして何かを求めるのでしょう。

 ただ、男女関係、人間同士のコミュニケーションに絶望的な断絶があると、諦観さえ漂わせていた作者にも、純粋さが救いとなりうるという、ナイーヴな思いが一方にありました。 「接続された女」 は、そんな意味でのラヴストーリーです。晩年を迎え、今まで隠れていた“純粋さ”だけで作品を紡いだとしても、不思議ではないでしょう。本書には、暗さはありません。思い悩む登場人物も出てきません。

 自分の死を 「たったひとつの冴えたやりかた」 と、あっさり言い切ってしまえるくらいには。