エイダ、あるいは並行宇宙のプログラマ(週刊読書人94年10月21日)

山田正紀『エイダ』

 まずは、先月に引き続き、ジョン・ヴァーリイの短篇集『ブルー・シャンペン』(浅倉久志他訳、早川書房・七〇〇円)を取り上げたい。本書は、収められた作品六編のすべてが、さまざまな意味でのラヴ・ストーリイである。表題作でも、宇宙に浮かぶシャンペングラスの形をしたリゾートを舞台に、大スターとインストラクターとの(美しき)恋が、皮肉で哀しい結末へと至る。これら物語では、大半の登場人物たちが肉体的、精神的なフリークである。しかし、重い悲劇的な結末であっても、希望のかけらを感じさせる読後感が残る。それは、おちこぼれた人間に対する愛情が、最後の一線ぎりぎりに込められているせいかもしれない。書かれた時期=作者最盛期の八〇年代前半までということもあり、余計な迷いのない佳品集といえるだろう。

 山田正紀『エイダ』(早川書房・二〇〇〇円)は、詩人バイロンの娘であり、世界最初のプログラマーであるエイダを標題に採っている。もちろん、そのエイダも登場するけれど、本書の主人公は虚実とりまぜた無数のフィクションたちである。たとえば、ササン朝の語り部と悪魔、杉田玄白と間宮林蔵、バベッジとディケンズ、ドイルとホームズ、シェリーとフランケンシュタイン、遥か別宇宙の知性体スパイラー、そして現代(近未来)日本のプロデューサーと売れない作家(作者の分身)などなど、およそ無関係な人物が混淆しながら、やがてあらゆるものは、物語を紡ぐ作者自身へ収斂して行く。本書には、スターリングとギブスンの『ディファレンス・エンジン』はもちろん、フィリップ・K・ディックの『宇宙の眼』(虚空の眼)を思わせる部分など、多様な仕掛けが隠されている。真実と虚像の境界の危うさ、そしてまたSFに象徴される創造性の衰退をも予兆させる、多元的な仕上がりとなっている。

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