はてしない問いかけのファンタジー(週刊読書人94年2月11日)
佐藤哲也『イラハイ』
日本ファンタジーノベル大賞は、これまでに五回を数え、奇数回に大賞を出してきた。たとえば、酒見賢一(第一回)、佐藤亜紀(第三回)らだが、これまでで最大級の賛辞が並んだのが、今回第五回目の佐藤哲也『イラハイ』(新潮社・一四〇〇円)である。物語は、登場人物の問答から成り立っている。雰囲気は、分別と愚かしさの寓意を述べた第一章を読めば、おおよそわかる。いかにも教訓めいてみえながら、その問いかけは物語のなかでのみ成立するのだ。余計な風刺も人間批判もない。物語世界の構造と、はてしない問いかけはイコールで結ばれる。法螺話の果てに、壮大な背景が覗けるという意味で、SFファンならR・A・ラファティを連想するかもしれない。
一方、優秀賞の南絛竹則『酒仙』(新潮社・一三〇〇円)は底抜けに陽性。倒産した旧家の御曹司が世界の救世主として邪悪な酒を制し、酒仙の道を極める。まさに酒飲みの夢といった内容だ。シンプルなお伽話と、酒にたいする蘊蓄との混交が、後味を引き締めている。
前記二作とは、印象がまったく異なる、面白さ抜群のシリーズ、タルカス伝(第一部)が完結した。中井紀夫『火の山よ目覚めよ』、『火の山の彼方に』(早川書房・各六〇〇円)である。暴君とその息子の因縁を軽快に描いた異世界ファンタジーで、完結が待たれていた。全五巻にほとんどダレ場もなく、一気に読ませる。この著者の代表作といっていい、高密度のシリーズである。
翻訳では、イギリスの新鋭スティーヴン・バクスター『天の筏』(早川書房・六二〇円)が重力定数十億倍という、特異な舞台を描いている。残念ながら、お話しの方が設定の凄さに負けてしまっているけれど、ありえない異世界を目の当りに見せる、SF本来の魅力を生かした佳作である。