24世紀アメリカを描くテクノゴシック
(週刊読書人94年4月8日)
エリザベス・ハンド
『冬長のまつり』
エリザベス・ハンド『冬長のまつり』(早川書房・七八〇円)は、生物戦争の結果、崩壊した二四世紀のワシントンを舞台に、人の心を盗みとることのできる共感応者(エンパス)の妹と、廓に住む美しい男娼の兄を軸にした耽美的な物語である。従来の類作ならば、サバイバルを主題にした権謀術数のお話になる設定だ。ところが、ハンドの関心は、あくまでも、そこに生息する変異した人々に凝集する。たとえば、沖天政府/土狗人/矢虫といった単語の響き。たとえば、ウィルスを降らせる薔薇の雨/シェイクスピアを語る猿といった、倒錯した描写。また、無意識の底から現れる殺人者<木の下の男の子>/世界を終わらせる<飢えたる者>/ウィルス汚染者の王たる<飛行士>と、深層に潜む悪夢を象徴する存在が大きな位置を占める。読み手を飽きさせない、絢爛たるイメージの洪水である。SFの論理と幻想世界の構築とがバランスしており、テクノゴシックという呼称にふさわしい。とはいえ、本書には、執拗さと隣り合うくどさもあって、誰にでも推薦できる作品とはいえないだろう。
寛永寺から怪火が発した後、江戸では奇怪な事件が起こるようになる。時鐘に閉じこめられた商家の娘、見物人を次々と誘拐していく唐人踊り、江戸のあらゆる商売を裏であやつる九十九の謎、塵埃の集積地築地の御殿とは、などなど。貧乏長屋の浪人者、弓削重四郎は、知らぬ間に事件の直中に巻きこまれていく……という、『天保からくり船』(光風社出版・一四〇〇円)は、山田正紀久々の時代小説。連作八編を読み進んでいくうちに、謎がしだいに重奏し、最後にどんでんがえしがある。謎解きは、これから読む人のお楽しみとしておきたい。ちょっと、古典的ではあるが、日本の歴史の中で、唯一の閉鎖自立社会だった江戸時代であるがゆえのアイデアで納得がいく。