なつかしくほろ苦い過去へ旅(週刊読書人94年5月13日)
浅田次郎『地下鉄に乗って』
過去を訪れる。それも遠い昔ではなく、自分の子供時代や両親がはじめて出会った頃に。あるいはまた高度成長の訪れる前、戦前の初々しかった日本に……。古くは、広瀬正『マイナス・ゼロ』や、最近でも小林信彦『イエスタデイ・ワンスモア』などで繰り返されてきたテーマである。浅田次郎『地下鉄に乗って』(徳間書店・一五〇〇円)は、主人公が傲慢だった父親の過去へと遡り、その真の姿を知るという物語だ。地下鉄のトンネルが、時を越えるゲートウェイである。定石通りのタイムパラドクスも出てくる。しかし、悪い印象は残らない。失われた時への郷愁は、日本独自のものではなく、フィニイ『ふりだしに戻る』、グリムウッド『リプレイ』など数多い。ほろ苦さを誘うなつかしさ、寂寥感が共通している。
一方、ありえたかも知れない現在への憧れを描くのが、村上龍『五分後の世界』(幻冬舎・一五〇〇円)である。その世界では、第二次世界大戦で日本が降伏せず、地下にトンネルを掘り、ゲリラ国家を作って国連と対峙している。国土は四分五裂で、純日本人はアンダーグラウンドと呼ばれる地区に、わずか二六万が住むだけだった。主人公は、そんな並行世界の(時刻が五分進んでいるだけで、同じ西暦を持つ)日本に紛れ込み、いつしか死線潜りぬけるゲリラ兵士たちの生きざまに魅かれていく。パワーを感じさせる一遍である。ただ、この枚数で描き切るには、やや無理があったようだ。
翻訳では、巨大な人工の魔法世界ティーターンでの冒険譚を描く、ジョン・ヴァーリイ『ウィザード』(東京創元社・上下各五八〇円)が注目。前作が翻訳されてから、なんと一二年ぶりの第二部登場となるわけだが、第一部『ティーターン』とともに再読の価値はあるだろう。お話としては、独立して読むことができる。