妖精物語からSFへ(週刊読書人95年4月14日)
イアン・マクドナルド
『黎明の王 白昼の女王』
フィリップ・K・ディック記念賞受賞作。この賞に選ばれる作品は、これまで翻訳されただけでも、例えば、ティム・パワーズ、ジェイムズ・ブレイロック、ルーディ・ラッカーと、いささか風変わりな作家・作品が多い。本書『黎明の王 白昼の女王』(古澤嘉通訳、早川書房・七八〇円)もまた例外ではなく、ありきたりな妖精ファンタジイだと思って読むと、見事にはぐらかされる。二〇世紀初頭、新発見の彗星が、実は異星人の宇宙船ではないかと考えた教授は、私財をなげうって投光通信機を建造する。ところがその娘エミリーは、彗星の接近と共に、森に棲む妖精たちの姿を見るようになる。プーカやレプラホーン、シーの群れ……。物語は三部に分かれる。第一部のSF的設定とアイルランド=ケルトの妖精物語の組み合わせも新鮮だが、第二部、第三部と現代に近づくにつれて、村上春樹を思い起こさせる都会的な倦怠まで感じさせてくれる。まさに対照的な内容である。しかも、それぞれを奇怪な運命で結ばれた三人の女(エミリー、ジェシカ、イナイ)たちで、無理なく関連付けている。中には、伝奇バイオレンス風のチャンバラシーンまであって、この作家の才能を十分に楽しめるだろう。まさにお買得の一冊。
スティーヴン・バクスター『時間的無限大』
もう一冊、スティーヴン・バクスター『時間的無限大』(小野田和子訳、早川書房・六〇〇円)は、最新タイムマシン理論をストレートにアイデア化したもので、そもそも表題自体物理用語。ハードSFの面白さの(少なくとも)四割くらいは、ベースとなるアイデアにある。この作者の場合、その点は期待に違わない。それだけに、物語のスケールが、設定の壮大さを越えないのは前作『天の筏』と同様で、無理もないとはいえ残念。バクスターは、未来史をシリーズ化しており本書や前作も含まれるようだ。ますますの奇想アイデアを期待したいところである。