空想ヴァーチャル犯罪小説(週刊読書人95年5月12日)
キャサリン・ネヴィル
『デジタルの秘法』
キャサリン・ネヴィル『デジタルの秘法』(山本やよい訳、文藝春秋・六三〇円)は、四年前に翻訳が出た『8(エイト)』の作者による犯罪ファンタジー。コンピュータ上で仮想資金が動くことで成り立つヴァーチャルな金融界は、もはやそれ自体、現実から遊離したファンタジーであるという発見≠ゥら、この作品は書かれているからである。有数の巨大銀行に勤めるエリート女性管理職が、社内の上司との対立から、コンピュータセキュリティを破って大金を盗もうと企てる。これだけなら、けちな横領小説となるところだが、まず、彼女の片腕となる旧式コンピュータバベッジの登場から、物語は現実を越え始め、コンピュータの神様と呼ばれた男ゾルタンや、没落貴族の未亡人リーリャが現れると、もうこれはどこにもない空想犯罪小説≠ニなる。前作ほど幻想的要素は多くないものの、単純なコン・ゲーム小説とは一味違うので注目。サイバーパンクの、例えば、『ヴァーチャル・ライト』(ウィリアム・ギブスン)ともどこか似ている。
W・ウォレン・ウエイジャー『未来からの遺書』
もう一冊、W・ウォレン・ウエイジャー『未来からの遺書』(青木榮一訳、二見書房・一九五〇円)は、予言や警世の書といった邪念の感じられない、まじめなウェルズ風未来史。ウェルズ風と書いたのは、本書がフィクションをめざした未来史ではなく、著者の理念を表明するために書かれているからである(しかも、著者はウェルズの研究家でもある)。二〇世紀末から二一世紀初頭にかけて、世界は資本主義の極大期を迎える。しかし、それは国々の貧富の格差を拡大し、人々から自由を奪い取った。やがて、二〇四四年、世界は核戦争によって壊滅し、新たな地球連邦として甦る。人類全体の均一化を図った地球連邦は、高度な知性を持った市民を産み出し、さらに自由な共同自治政府群へと霧散していく……。この最後の結末は、エフレーモフほど楽観的ではないけれど、それでも、ユートピア的にすぎるかもしれない。