ドラキュラ治世下の魔都<鴻塔hン(週刊読書人95年8月11日)
キム・ニューマン『ドラキュラ紀元』
さて、今月の注目作は、キム・ニューマン『ドラキュラ紀元』(梶元靖子訳、東京創元社・九八〇円)から。ロンドンを舞台にした並行宇宙ものというと、例えば、スチームエンジンの蒸気に霞むビクトリア時代を描いた、ギブソン&スターリングの『ディファレンス・エンジン』とか、ナチ占領下のロンドンを舞台にした、レン・デイトン『SS−GB』までがすぐに思い浮かぶ。そして、あのドラキュラの舞台も実はロンドンなのだ。この都には、それだけの魑魅魍魎を棲まわせる鷹揚さ≠ェあるわけだが、さて本書はまさにそんな魔都の魅力を、一手に引き集めた大作である。この世界では、ドラキュラが(ストーカーの『吸血鬼ドラキュラ』の主人公)ヴァン・ヘルシングに勝ち、イギリス王朝はカルパチアの王に乗っ取られる。かくして、吸血鬼たちは市民権を得、世界の主人となって君臨している。そこに、吸血鬼の娼婦たちばかりを襲う、謎の殺人鬼切り裂きジャック≠ェ出没する……。本書には、小説や映画の吸血鬼だけでなく、ジキル博士、ドクターモロー、エレファントマンと、およそ世紀末のロンドンに棲息した、あらゆるキャラクターが勢揃いしている。その上、吸血鬼の美少女や、キョンシーまで登場させるサービス精神は、並みのものではない。
R・C・ウィルスン『世界の秘密の扉』
レイ・ファラデイ・ネルスン『ブレイクの飛翔』
その他では、同じく並行宇宙を扱った、R・C・ウィルスン『世界の秘密の扉』(公手成幸訳、東京創元社・七三〇円)と、幻想詩人/画家であるウィリアム・ブレイクの幻視を時間旅行に見たてた、レイ・ファラデイ・ネルスン『ブレイクの飛翔』(矢野徹訳、早川書房・七二〇円)が出た。前者は、こういったテーマをきわめて正統的に扱った佳作。後者は、せっかくブレイクを主人公に据えながら、類型に流れてしまっていて残念。