97/01/13

イアン・バンクス『秘密』(早川書房)
カルト集団に隠された秘密、ということで予想されるようなおどろおどろしさはない。カルト教団を揶揄しているようでもあり、かといってその姿勢を一切否定しているわけでもないのである。ファンタスティックな要素も主人公の癒しの力のみ。考えてみれば、この皮肉さがバンクスの本領なのだろう。今ではイギリス有数のベストセラー作家だが、一方でSFの有力な書き手であったわけで、その点は『ハイペリオン』のシモンズと似ている。表紙には昨年の『共鳴』につづくイアン・バンクス共通意匠である、Xマークが入っている。

97/01/15

谷甲州『殲滅ノモンハン機動戦(下)』(中央公論社)
前巻の承前。ノモンハンでは日本は敗退するものの、一方的な大敗ではなかった。ソ連ではジューコフが失脚するほどの事態となる。その上、エピローグで大きく歴史が変わったことがわかる。シリーズでは、史実上暗殺された首相が生まれていたりするものの、これだけ明瞭な(並行世界、もう一つの歴史=アルタネート・ユニバースの)動きが書かれたのは初めてだし、今後全く別の歴史が展開することが予想される。

97/01/22

ダン・シモンズ『うつろな男』(扶桑社)
死別したテレパス夫婦の顛末と書くと、聞いたことがあるような気がするが、これはかなり古いタイプのSF(サイエンス・ロオマンス)と呼ぶべきか? ダン・シモンズはSF作家でもあるけれど、それほど斬新なセンスがあるわけではない。どちらかというと、腕力の作家といえよう。
池澤夏樹『やがてヒトに与えられた時が満ちて』(河出書房新社)
毎日新聞等の書評で絶賛された作品。写真とないまぜとなって、近未来のラグランジュポイントに設置された宇宙植民衛星での人々を描くオムニバス短篇集。昔から文学者(ぶんがくものと読む。この場合)の書いたSFは、SF者(えすえふものと読む)に高く評価されない。かつてSFが曲解されていた時代の後遺症である。SFに興味を持つ文学者に特に被害が大きい。例えば、「この結末からSFは書かれる、SFとしては喰い足りない」とかいうやつね。この点では、SF者は極めて狭量である。本書も、SF的な新しい発想がない点では評価ができないが(わたしはSF者です)、その一方アンチ・ユートピア小説として正統的な作品でもある。
椎名誠『みるなの木』(早川書房)
椎名誠のSF大賞受賞作『アド・バード』的世界を描く短篇集。設定が気に入っていれば面白いでしょう。奇想と文章の妙味。民話風のどこか飄々とした読後感がよい。ただし、短すぎてお語としては喰い足りない一面も。
神林長平『ライト・ジーンの伝説』(朝日ソノラマ)
遺伝子改変された怪物のハンターが主人公。自身も遺伝子操作で生まれた人工人間で、社会のアウトローではあるが警察(といってもまともな警察ではない)と協力関係にある。精神感応力もある。下記のコリンズとも共通するシチュエーションである。ただし、著者お得意の哲学的ダイアローグが苦しく、読み手の調子が出るまでが大変。
ナンシー・コリンズ『ミッドナイト・ブルー』(早川書房)
なかなかかっこいい吸血鬼もの。吸血鬼によって殺され、甦った少女のお話しで、当然彼女も吸血鬼な訳です。自身がバンパイアでありながら、過去のうらみをはらすために吸血鬼ハンターをするという倒錯がミソ。ただ、人情話となる後半はやや冗長となる。続篇あり。

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