(週刊読書人99年3月26日号)

藤原征矢
電子恐慌 プラチナム・チャイルド

(KSS出版 98年12月刊/2400円)

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 2020年代後半、日本は国債の破綻から国家財政が崩壊し、すべての金融機関は外資系に制覇されている。失業者はあふれ、人々は年金負担と緊縮予算による重税に喘いでいる。主人公のフリー・ライター仁科は、ある外資系の信託会社を取材するうちに、少年の奇妙な自殺事件を目撃する。彼らは何者か、金融機関で何をしているのか、なぜ死を選ぶのか…その謎を追う仁科の前に、ネットワークの予言者“N”の存在が浮かび上がる。
 「金融パニックもの」と書いてしまうと、世に数多い小説まがいを思い起こすが、本書にそのような危うさは感じられない。導入こそ、今現在の、金融危機を敷衍したままの設定が描かれている――政府の野放図な赤字国債増発が、やがて国債バブルを呼び、日本の格付け下落とともに、既存金融機関を道連れにして、財政破綻――本書のベースも、経済雑誌に書かれた警世記事が発端だった。
 しかし、そこからはじまる物語の展開が面白い。近未来のネットワーク取引は瞬時の判断力を要するが故に、プラチナム・チャイルドと呼ばれる少年少女だけがそのスピードを制御できる。そして、国際金融の実体は、まさにサイバー・スペース(電子ネットワーク)そのものの中にある。だとするなら、ネットを征する者こそが世界経済、いや世界そのものを支配する…。
 実のところ、金融経済というものは、ロスチャイルドが為替取引を開始した遙か昔から、既にヴァーチャル化されていた。電子取引では、実体経済を遙かに上回る規模で貿易が行なわれ、ネットワークのなかに膨大な資産がフローしていく。世の中では、まだモノが本物で、ヴァーチャルは架空のものと考える風潮があるが、もはやそのような区別などないのだ。人の社会はその両者ともに依存しているのだから。実のところ、最初にヴァーチャルが現実と等価になったのは、電子戦争でもテレビゲームでもなく金融の世界なのである。同様のアイデアで書かれた作品に、キャサリン・ネヴィル『デジタルの秘法』(文芸春秋刊)などがある。ただし、ネヴィルの興味はいわゆる犯罪小説にあったので、本書ほどのスケールはない。
 本書のようなテーマ(本書の謎解きとも関係があるので、曖昧にしか書けない)は、SFでも昔から多く書かれてきた。しかし、究極のバーチャル取引デリバティブと結びつけたのは、作者ならではの新機軸といえる。各分野の知識、取材も十分で破綻がない。そのせいか、経済問題や、ネットワーク、コンピュータ・アーキテクチャに至るまで、ナマの説明文がやや多い。小説の性格上(情報小説として企画された)、ある程度はやむを得まい。ただ、もう少し整理すれば、作品のドライブ感がさらに増しただろう。藤原征矢は、経済ライターである他に、読者の評価が厳しいヤングアダルト分野の小説を多く手がけている。面白さのツボは心得ている。主人公とともに活躍する気丈な女子中学生“アリス”や、最後の謎解きの瞬間には、そんな作者ならではのメンタリティが感じられる。

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