98/06/07

井上雅彦編『悪魔の発明』(廣済堂出版)
 先月に中頃に出たオリジナル・アンソロジイ第4弾、豪華メンバーによる全23編。“マッド・サイエンティスト”とその発明品がテーマである。テーマが文字どおりで明快だったせいか、内容的なばらつきが少ない。ただ、コレクター風狂人やフランケンシュタイン風のフリーク創造者ものは、やや古風な類型パターンに読めてしまう。中では、「ハリー博士の自動輪」(堀晃)の、このテーマを象徴するような驚くべき発明品と、「芝山博士臨界超過」(梶尾真治)の、テーマに内在する滑稽さを示す作品が特に面白い。
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98/06/14

timequake.jpg (5203 バイト) カート・ヴォネガット『タイムクエイク』(早川書房)
 なかなか出なかったヴォネガットの新作。最後の作品といわれているもの(ヴォネガットは今年で76歳になる)。2001年2月、突然の時震(タイムクエイク)により、世界中の時間が10年前に巻き戻される。それにより、人々はもう一度同じ人生を強制的にたどることになる…。しかし、作者の興味はこの“ターン”的な時間にあるのではない。本書はキルゴア・トラウトという自身の分身である作家に、自らの人生(=文中で言及されるトラウトのSF作品に象徴)を回想させることで成り立っている。そこでは、原爆開発などアメリカが犯してきた“クソの山”への批判がなされ、大家族を捨てて矮小化していくアメリカの家庭生活への哀感も込められている。散漫という面もあるけれど、作者自身に焦点が絞られているとも言えるだろう。

98/06/21

プレストン&チャイルド『マウント・ドラゴン』(扶桑社)
 『レリック』で名を売った作者の、伝染病サスペンス(と書くと身もフタもない)。とはいえ、バイオ・テクノロジー企業が軍の遺伝子研究施設で開発したインフルエンザウィルスが、恐るべき悪性致死力を秘めてしまう、とか、その危険性を明らかにすべく、厳重なコンピュータネットへのハッキングを図る環境学者とか、一転砂漠での決死の追跡、逃亡とか…まあ、アイデアは『復活の日』とサイバースペースなので、どこにも新味はない。その分、お話の展開はさすがにベストセラー作家と思わせる巧みさがある。1つ1つは常識的ながら、およそ考えうるあらゆるシチュエーションを駆使した、いかにも贅沢な今風の作品とは言える。
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98/06/28

grandzero.jpg (4509 バイト) 北野安騎夫『グランド・ゼロ』(徳間書店)
 今年1月に出た伝染病サスペンス。北海道の、とある寂れた炭坑町、そこに建てられた財閥系研究所から漏れ出したウィルスが、町を壊滅させる。しかし、双子の姉妹が奇跡的に生還、以後その生還の謎が突き止められぬまま13年の歳月が流れる…。
 今となっては、こういうお話は、ノンフィクションをとりまぜ、無慮数十(過去を併せれば数百?)はあるので、それだけの鮮度はゼロといえる。しかし、本書の場合いかにもSFを感じさせるウィルス(ユング的無意識破壊ウィルス)が登場するため、本欄に取り上げる価値も出てくる。バイオサイエンスのタームは少なく、作者の創造の余地が多い点を買う。もっとも、お話の出来は上記プレ&チャには及ばず、登場人物がやたら激昂するのも困りもの。とても設定年齢とは思えない。サービス過剰で空回りが目立つのは残念。

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