98/07/05
ディーン・クーンツ『ミスター・マーダー』(文藝春秋) 絶頂を極めようとするミステリ作家のもとに、覚えのない双子の片割れが姿をあらわす。顔形、声、そして精神の奇妙な交感現象…。しかし、その片割れは正常な人間ではなかった。 キング『ダーク・ハーフ』を思わせるが、こちらの話には超自然的な意味合いはあまりない。そもそも、自身の暗黒面を“双子”に象徴して描くのは、ポー「ウィリアム・ウィルソン」以来数知れない。しかし、本書の主人公には作者自身が色濃く顕われており、その面からも読める。 たとえば、読書こそが読み手に安らぎを与えうる、といった記述や本書中のトレッキーの扱いなどを見ていると、クーンツ流の考え方が分かって楽しい。クーンツこそ、瀬名秀明の注目する作家の一人というのも(評者は本書の詳細な解説を見て初めて知ったが、アカデミー版『インテンシティ』が出たところで既に明らかだったようだ)、意外に思える発見だろう。 |
98/07/12
アシモフ&シルヴァーバーグ『夜来たる』(東京創元社) アシモフ原作の中編「夜来たる」を、そのまま長編化したものが本書。このあたり、どう評価するかである。SF的観点からすれば、どう考えてもワン・アイデアのお話なので、そのまま書き伸ばせば単なるパニック小説に堕してしまいそうだが、さすがにシルヴァーバーグは本書をSFとして貫き通してしまった。書かれているのは、夜が来ることを科学者たちが知るまでの物語と、夜が来てしまった前後。いわゆる、その日までの盛り上げ部分は省かれている。であるがゆえに、今日の“ジャンルを越えた”小説群が持つスピード感はなく、相当冗長な印象を残す(解説者とは見解が異なりますね)。 翻訳は、まるで星新一の文章のようで読みやすい。その上、横田順彌の明治小説、押川春浪ものを思わせる雰囲気。やはり、そのあたり善し悪しですな。 |
98/07/20
ピーター・S・ビーグル『ユニコーン・ソナタ』(早川書房) かの名作『最後のユニコーン』の続編――ではないが、その雰囲気を色濃く残したファンタージイの小品とはいえる。お話は、もともとの『最後の―』とはほとんど関係ない。町の楽器屋でアルバイトをする少女が、角笛を売りに来た少年と知り合い、いつのまにかユニコーンの棲む異世界への扉をくぐる…という物語であり、そこで奏でられる異界の音楽が本書の標題「ユニコーン・ソナタ」なのだ。 食うための“作家”ではないビーグルの余裕が、本書の心地よさにつながるのだろう。スピルバーグがアニメにするらしいけれど、どちらかというと『最後の―』の方が向いているように思える。 |
井上雅彦編『水妖』(廣済堂出版) アンソロジイ第5集。さて、前回と同様、今回もテーマとの整合性が良い。中身を見ると、純粋のホラーともSFともいえる作品が多いが、初期の違和感は見られない。空山基のイラストとも良くあっており、外観、内容とも上質のアンソロジイとなってきた。 中では、城主に憑いた呪いを描く朝松健、プロデューサーの内輪話風の田中文雄、融け崩れていく人々を書いた岡本賢一、妙に艶めかしい水妖怪の草上仁、篠田真由美は異国のカルヴァナレ、などなどがよい。それにしても毎回の文庫書き下ろしで、この作品数はすさまじい。 |