エリック・L・ハリー『サイバー戦争』(二見書房) これまで『最終戦争』『全面戦争』などという、困った邦題で作品が翻訳されている関係上、本書もこんな題名ではあるが、原題は人工知能の泰斗ミンスキーの『心の社会』(産業図書)であり、コンピュータの感情というSF特有のテーマを扱っている。実際、パニック小説の書き手といっても、アメリカ作家の情報収集力には侮りがたいものがあり、本書も書かれた3年前の水準で見る限り、最先端の情報が集積されている。 ビル・ゲイツを思わせる翳のある大天才が起こした新興ハイテク企業が、フイジーの無人島に建設したロボット島(アトム的アイデア)で、心理学者の主人公が、ニューロコンピュータの精神分析をする。しかし、島ではコンピュータの誤動作やら、ロボット同士の激しい戦闘、小惑星の地球軌道への侵入など、次から次へと事件が生じる…。最後の混乱状態の描写には、いささか疑問があるが、おおむねエンタティンメントとして、水準以上のレベルで書かれている。結論もまた(驚くほどではないにしろ)SFの範疇で読めるものだ。これは拾い物だろう。 |
キム・スタンリー・ロビンスン『レッド・マーズ』(東京創元社) 火星SFの最高傑作、という前評判だけでは、なかなか信じられないマニア根性ではありますが、本書の場合、さすがにこれまでのロビンスンの諸作と比べても数段優れています。 冒頭の『月は地獄だ』(もはや幻のお話か)風、苦難の開拓シーンに続き、めざましいテラ・フォーミングのありさま、お決まりの政治闘争と革命の物語が、複数の主人公たち(友人でありながら成功者と2番手の僻みから、ついに殺人を犯す男。火星の独立は必然であると叫ぶ男に、テラフォーミングを積極的に推進する学者、リーダーでありながら2人の男のはざまで揺れ動く女。神秘的な自然崇拝から仲間から離れていく日本人の女。火星の自然をありのままに残そうとする女や、ひたすら技術者でありつづける女などなど)の視点から実に克明に描かれています。 現実的、というのなら、確かにこれほどリアルな火星開拓と政治力学の描写はないはず。特に、火星の風景は、実に写実的であり、そのまま映画になるのなら(技術的には十分可能でしょう)、過去の凡百の火星ものを軽く凌駕することは間違いない。また、英雄でもマッドサイエンティストでもなく、内面は欠陥だらけの登場人物も、その人間の物語に読み応えを感じます。火星であるがために、あくまでも(国家や国連ではなく)個人が主人公でありつづける、というのも魅力的でしょう。あえて難点を探すなら、火星もの特有のファンタジイ(火星生物の存在)の欠如か。まあ、それは無い物ねだりでしょうが。 |
小林恭二『カブキの日』(講談社) 6月に出た作品。三島由紀夫賞受賞作。昔からSF界とは縁の深かった作家で、注目もされてきた。今回は架空の戦後史の中で、カブキ=歌舞伎が社会を律するほどの最大の娯楽とされた世界を描いている。既に指摘もあるように筒井康隆『美藝公』を思わせる設定に、世界座(歌舞伎座)の3階に巣食う文字どおりの迷宮を加えて、舞台をめぐる守旧派と革新派の暗闘という動的な立ち回りまである(この点は、もう一つの世界へのオマージュが強かった『美藝公』よりも、ファンタジイ臭が強いといえる)。伝統芸能であるカブキ自体、現実離れした特殊な閉鎖社会なので、それを世界にまで拡大する視点がよかったと思われる。あらすじは、なんというかアニメにありそうな展開ですがね。 |