99/06/05

マイク・レズニック『キリンヤガ』(早川書房)
 むかしから、レズニックの作品を評価する場合に、SFの出自を再認識することが多い。たとえば、西部の無法者が宇宙にそのまま存在したり、無辺の宇宙や壮大な未来史が、書き割りにしか見えない矮小性が目に付く――しかし、これが馬鹿馬鹿しさにならず、作品の魅力につながるのは、原初のパルプSFが持つ「故郷」でもあるからだろう。どんなに田舎臭かろうが、故郷は故郷なのだ。もちろん、レズニックの作品がそこまでストレートに原始的なわけではないが。
 さて、本書は、アフリカのケニヤに住むキクユ族の末裔が、過去の伝統を(原理主義的に)再現するために、小惑星キリンヤガ(ケニヤ山)に移り住んだ後の、さまざまなエピソードから構成されている。キリンヤガでは理想的な過去が再生されたかに見えたが、それはしかし、未来社会から隔離された虚像に過ぎず、矛盾が次々に生じていく。本書では、アフリカ対近代社会が描かれる。ただ、個人の自由に古代の伝統社会は勝てない、というお話が多く、本当の意味での価値観の相対化が行なわれたわけではない。アメリカ的な常識を覆さない範囲で、自然や過去の伝統を懐かしむというのが、結局のところレズニック流なのだろう。読む方も、それを何となく認めてしまうのは、過去のSFにそういったパターンが多かったからである。

カバー:田口順子
カバーイラスト:浅田隆,カバーデザイン:鈴木孝 横山信義、吉岡平、森岡浩之、早狩武志、佐藤大輔、谷甲州『宇宙への帰還』(KSS出版)
 
4月に出たアンソロジイ。最初、てっきり宇宙SFアンソロジイだと思いこんでいたら、実際は「SF」アンソロジイだった。内容は、何というか、非常に“古典的”なSFといえる。さすがに、第一人者を揃えているだけに、小説は面白い(早狩武志のみ新人)。しかし、SFのアイデアがこれだけ一般化した後で、「SF」というくくりだけでは、作品集としての斬新さが薄れるのはやむを得まい。かえって、元ネタが忘れられている分、古典的なものが新しいのだ、という見方もできなくはないがね。

99/06/12

キャシー・コージャ『虚ろな穴』(早川書房)
 売れない詩人の住むボロアパートに、奇妙な“穴”が現われる。その穴は異次元への窓なのか、それとも幻想なのか…。しかし、穴の存在は、主人公や取り巻きの似非芸術家たちの精神を、確実に病ませていく。
 ブラム・ストーカー賞(処女長編賞)、ローカス賞を受賞。正体不明の穴がボロ下宿に、というアイデアは、岬兄悟にも確かあった。本書の場合は、主人公をはじめとする、登場人物たちのエキセントリックさが、穴そのものの謎よりも、むしろ目立つようだ。お話自体が、主人公の暗い独白で占められている点が、善し悪しだろう。その点、ちょっと鬱陶しい。

イラスト:大森英樹 デザイン:ハヤカワ・デザイン
イラスト:PatrickArlet デザイン:YukioHarada 大原まり子『みつめる女』(廣済堂)
 
ポルノグラフィ短編集。読んでみると、しかし、ポルノグラフィのみというわけではなく、フェミニズムや女性(30代後半以降)の願望充足ファンタジイ等、多様な作品が収められている。考えてみれば、大原まり子の諸作には、これら全てがさまざまな形で含まれていた。改めて、このような形で読むと、大原まり子の全体像、(人間としての本人ではなく、大原まり子という作家の)素顔を見ることもできるだろう。

牧野修『偏執の芳香』(アスペクト)
 本年に入ってから、最大の注目作家は、牧野修である。これだけのテンションの持続は、もはや尋常ではない。
 主人公は、シングルマザーのルポライター。ある日、雑誌の仕事でUFOのコンタクティーたちを取材した後、彼女の回りで怪現象が起こる。それは、彼女の現実を蝕み、異界の扉を開いたかのようだった。やがて、友人たちが奇怪な死を遂げる…。
 著者は「私こそが神林長平である」(SFマガジン7月号神林長平特集)と書いている。これは、単なる冗談ではあるまい。本書は匂いをキーにしているが、(ソシュールを題材に)言葉の持つ魔性にも言及する。神林と同様、言葉使い師牧野修の真骨頂といえよう。
装丁:小倉敏夫

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