コニー・ウィリス『リメイク』(早川書房) 時間もので定評のあるコニー・ウィリスの新作。しかし、今回は“時間テーマ”というわけではない。近未来、映画産業は実写の映画を作ることはなくなり、ただCG合成だけで映画のリメイクを行うのみ。そこで出会う、ミュージカルに憧れる女と、映画を偏愛しているのに改竄を余儀なくされる男のラヴ・ストーリー、というお話。フィニイ風の、過剰ノスタルジイのみにもなりうる設定だが、客観的な時間ものを得意とするだけに、過去指向は見られない。 実写といっても、映画はもともと現実にないファンタジイを描いてきた。ここに書かれているのは、過ぎ去ったファンタジイと、未来のそれとの相克とも読める。著者(及び訳者)の詳細な映画蘊蓄も楽しめる。といっても、マニアックな映画は少ないので、誰でも想像ができる範疇。 |
サラ・ゼッテル『大いなる復活のとき(上下)』(早川書房) ローカス賞の処女長編賞受賞作。遠い未来、人類はいくつかの亜種に別れて宇宙の覇権を争っている。その中で〈施界〉と呼ばれる星の人類は、未開ながら特異な能力を秘めていた。彼らの秘匿するものはいったい何か…。とはいえ、お話はいかにも分かりやすいのに、何故か納得しがたい設定が多い。例えばヴィタイという悪役の動機が不明瞭。「壮大な銀河の謎をめぐる冒険大作」なのであるが、あいにく評者にはその壮大さが伝わってこない。 |
倉阪鬼一郎『死の影』(廣済堂) 作品成分のうち80%がホラーで、ミステリ/SFが10%づつという作者の新作である。住宅地に建てられたお買い得マンション、しかし、そこはある宗教団体が分譲した物件であり、建物のいたるところに、奇妙な徴が刻み込まれていた…。「怖いホラー」を狙った、という著者の思惑とは外れるだろうが、本書の雰囲気はむしろアメリカのホラーに似ている。どこか壊れた登場人物たちは、歪んではいても陰湿には見えない。カタストロフに至ると、乾いた積み木のように崩れていく。ただ、ホラーとしての焦点は、ややまとまりに欠ける。謎の教団と、殺人鬼の2つを入れるには短かすぎるだろう。 |
ロバート・J・ソウヤー『スタープレックス』(早川書房) 1月に出た本。今ごろ読んでいるようでは、宇宙SFファンとはいえないのである。評判は、ソウヤーにしては物足りない、というものもあって、賛否両論があったようだ。 お話は、ソウヤー流『宇宙船ビーグル号』(ヴォクト)と書くのが(評者の世代には)わかり易い。要するに、巨大宇宙科学探検船冒険譚。探る謎はビーグル号よりスケールアップされており、宇宙創生に迫る意欲作である。本書の場合、『ターミナル・エクスペリメント』のような身近(?)な話題でない分、誰でもが楽しめる内容ではない。まさにSFファン向けに書かれている。そのために、『ターミナル…』のような社会問題風シリアスさは見られず、良し悪しともいえる。しかし、本来のソウヤーの(シンプルな)味は、やはり本書のようなバカバカしいほどのスケールに似合う。 |
フィリップ・K・ディック『マイノリティ・レポート』(早川書房) ディックの未収録作を集めた落穂拾い短編集――と思ったら、決してそうでもなく、ディック諸作の水準をきちんと押さえたセレクションだった。内容すべてが初紹介でもないけれど、現実の一枚下にあるもうひとつの現実、その一枚下がまたまた別の現実で…、という果てしのない落とし穴がこの作品集にも無数に顕れている。アイデア自身は、例によって変わり映えしないのだが、この変化のない執拗さこそがディックなのだから、これを堪能するのが最上の楽しみ方だろう。まー、日本の日常を考えても、ディック世界はむしろ“リアルさ”を増したといえる。 |
梶尾真治『OKAGE』(早川書房) 96年5月に出た本。当時は、OKAGE論争が盛んだったために、かえって読み逃していた。この論争は、SFファンによくある、オカルトはSFか否かという類の論議。そのことと、小説の出来とは、本来無関係ではあるが。 子供が何の理由もなく失踪する。そういう日常から物語はスタートする。事件の謎を追う刑事、新聞記者、母親たち。しかし、やがて、事件は世界的な拡がりを見せ、ついに地球全土を襲う天変地異へと繋がっていく…。 本書を改めて読んでみると、梶尾真治の長編中、屈指の秀作であることが分かる。多くの指摘があるように、本書の“科学”はオカルト系に近く、人類の精神によって世界そのものが変革されうるという、危うい論理に則っているのは、確かに問題ではある。ただ、そのような内容は、SFの古典『幼年期の終り』にも見られる(キリスト教社会では)凡そ普遍的なテーマなので、それが問題とはいえまい。作者の地元熊本を舞台にしたローカルな設定が、リアルな描写とも相まって物語をもりあげている。帯でわざわざ「ホラー・ファンタジイ」と断る必要はない。本書は立派なSFです(という見解は、大野万紀先生と同じですな)。 |
草上仁『東京開化えれきのからくり』(早川書房) 著者久しぶりの長編、それも3年前にSFマガジンに連載されていたものを改稿した作品。さすがに、兼業作家の荷は重いということか。 架空の明治を舞台に、暗躍する維新元勲政治家と、その真相を追究する元岡っ引きと元与力、火消しに黒人花魁にトマス・エジソンまで登場、という豪華絢爛なお話。自由な明治の設定を除けば、SFというより、ミステリ風の構成であり、それを承知で読む限り、十分楽しめるだろう。しかし、15冊出ていた、草上仁の文庫で入手できるのが本書だけになっていたとは。 |
ディーン・クーンツ『奇妙な道 ストレンジ・ハイウェイズ1』(扶桑社) 5月刊、3分冊の1冊目。中身は長編(表題作)と短編1作のみ。功成り名を遂げた作者の集大成作品集だけに、さまざまな趣向が込められたものであるという。とはいえ、本書は長編1作がメインなので、まずはそこに注目することになる。 中年アル中の主人公が、父親の葬儀からの帰り道、もはや閉鎖されているはずの廃村に続く道路が、なぜか忽然と復活していることに気付く。そこに迷い込んだ彼は、いつのまにか20年前の過去、閉ざされた記憶の世界に還っていた…。 ホラーでは、自分自身の悪の分身と対決するという「ウィリアム・ウィルソン」(ポー)的テーマが多い。本書も、(万能選手の兄が相手ではあるが)同様のものといえるだろう。たとえ成功していても、あるいはどん底に沈んでいても、どこかに付きまとう不安感、これは真実ではない、何かの間違いに違いないという根拠のない焦燥感。その“敵”の正体は、自分の分身なのだ――そこを、スケールアップした作品といえる。 |