リチャード・マシスン『奇蹟の輝き』(東京創元社) 4月に出た本。アカデミー賞受賞作、といっても視覚効果賞であり、内容についての評価はあまり聞かない。 本書の基本的な構造は、死後の世界、天国の意味といった霊界に関するものだ。事故で亡くなった主人公がたどり着いた死後の世界は、「常夏の国」と呼ばれる、まさに天国の世界だった。そこでは魂の要求に応じてあらゆるものが創造できる。ところが、彼の死に苦しんだ妻が後追い自殺する。彼女は死後の世界をまったく信じていないために、精神の牢獄「地獄」に囚われる…。魂と天国の意味付けが目新しい。ただし、死後をここまで無批判に描かれると、本書をSFのカテゴリには入れられない。だいいち、本書の主眼は、主人公と妻との精神的な結びつきを描くことにあるのだ。 |
『KADOKAWAミステリ
プレ創刊号2』(角川書店) 本年度ホラー大賞の受賞作、佳作が一挙掲載されており、お買い得の1冊。今年度の大賞は岩井志麻子「ぼっけえ、きょうてい」(短編)、佳作が牧野修『スイート・リトル・ベイビー』(長編)、瀬川ことび「お葬式」(短編)である。3者ともに既に実績があるし、中でも女性2人はヤングアダルト系。この分野の作家は、もはや十分成熟しているということだろう。 まず大賞受賞作は、言葉の巧みさで恐怖を盛り上げるという意味で、半村良「箪笥」以来の作品。「箪笥」も無数のアンソロジイに収録されている。方言の語りかけという相乗効果が衝撃的だ。しかし、半村良でさえ、同種で「箪笥」以上の作品はない。2作目に何を用意できるかに注目したい。 牧野修は、もはや言うまでもなく、このHPでも毎月取り上げられる99年の代表作家となった。幼児虐待の話題から、「人類」全般に急拡大する展開が見事。SFのカテゴリとして読めるだろう。 瀬川ことびは、この描写力がなければ、アマチュアのショート・ショートでも見られるアイデアかもしれない。やはり、小説の書き方を了解しているプロであるが故のまとまりではないか。 と、これ以外で話題になったのは、実はホラー大賞そのものである。
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野田昌宏『SFを極めろ!この50冊』(早川書房) SF初心者のための読書案内。以前の作者の著作は、実作者のための創作講座だったので、今回やや傾向が異なる。50冊の本の中身を紹介しながら、どのように面白いかを4ページの短い枠内で描写。ヴェルヌ、ウェルズから最新作まで、きわめて幅広い。 著者は今年で66歳になる。旧作を、思い出話風に(内容と関係なく)だらだら並べるのではなく、今回はじめて読む(!)ものを交えて、いかに難解さを克服したかも記録されている。作品のセレクトは、入手可能な本を中心としているため、必ずしも代表作ばかりではない。その分、かえって幅広さを感じられて面白い。若手向きのムック風ながら、中高年(40から70歳まで)のオッサン(私もそうです)が、同じ感想は抱かないにしても、SFを読んでみる、読み直してみる目的に使ってもよいだろう。 |
高見広春『バトル・ロワイアル』(太田出版) ということで、読んでみました(上記参照)。4月に出て以来、売れつづけているらしい。まあ、話題性からも当然か。ネットの書評でも多数言及されている。代表的な意見は、「頭の古い選者に、本書の(若い)感覚は理解されなかった」というものであるが、ただ、選者(40代後半)と物語の主人公たち(15歳)との中間に位置する作者(30歳)の感性が、過度に若者向けともいえないだろう。 並行世界の日本は、大東亜共和国と呼ばれる独裁国家である。そこでは、毎年中学3年生のクラス50組が選抜され、たった1人の生存者を残すまで殺し合いが強制される。仲の良かったもの、そうでないもの、単に日常付き合っていただけの関係が、敵同士に転換され、容赦なく殺戮が行われる…。 本書の場合、上記の予備知識を踏まえて読む限り、「中学生が殺しあう」以上の過激さはない。バイオレンスというより、これは一時期流行ったサバイバル小説に近いのである。サバイバル小説はホラー小説ではない、というのであれば、受賞を逃してもやむをえまいが。1クラスの人物を丹念に舐める展開もやや冗長だ。しかし、小説のレベルはまずまずであり、十分読むに値する。 問題点を列記すると、
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ジェイムズ・P・ホーガン『仮想空間計画』(東京創元社) ホーガンのSFとしては、非常に「まともな」内容。 ピッツバーグにあるベンチャー企業CLCでは、人の神経に直結する画期的な仮想現実システムを開発していた。しかし、主人公がある日目覚めると、その計画は中止となり、前後の記憶は失われていると告げられる。奇妙な違和感を覚えながら、やがて彼は日常生活に流されていくのだが…。 ベンチャー企業内での勢力争いや、さまざまな仮想現実理論の背景と可能性等、描かれる技術ディティールを楽しむこともできる。ホーガンのほかの作品で、時々見られる政治的な設定はないので、その面の底の浅さは目に付かない。 著者は、コンピュータのセールスをしていたことでも知られるが、とはいえ、それはPDPやハネウェルの時代で、この分野では石器時代の話といえる。本書の人工知能関係の記述は近年の勉強の成果だろう。ちなみに、ピッツバーグにあるカーネギー・メロン大学は、人工知能や並列処理の研究で有名。 |
グレッグ・イーガン『宇宙消失』(東京創元社) オーストラリアの作家というと、チャンドラー(A・バートラム・チャンドラー。レイモンドではない)を思い出す。といっても、もはやリム・シリーズは絶版の彼方で、知る人も少ない。そんな中では、イーガンは英米でも注目の作家であり、本書が翻訳での第1作目となる。ここ10年来の作家だ。しかも、この内容は、純粋究極のSFといえる。「宇宙消失」とあるけれど、「宇宙」SFではない。 21世紀、太陽系は正体不明の暗黒球体に包み込まれ、外宇宙との接触を絶たれる。それから30年が過ぎる。人々は、星の見えない孤立した夜空を、当たり前のものとして生活を続ける。ある日、探偵である主人公に、奇怪な誘拐事件の調査依頼が届く。まったくの密室から消滅した、脳障害の患者を探せという内容だった…。 シュレーディンガーの猫的、量子論的密室というだけなら、メフィスト賞でもあるだろう。これに、ナノテク電脳空間、カセット式知能モジュールなどなど、今風ガジェットを豊富に加え、量子論の理屈に非常なこだわりを見せた点が類書との差異。 尚、本書は、英米SF評論では定評のある山岸真の、処女翻訳長編でもある。解説を付けた単行本は、既に100冊弱もあるのだがね。 |