殊能将之『ハサミ男』(講談社) 元名古屋方面のSF関係者で、元編集者でもある作者のミステリデビュー作(詳細は名古屋関係、またはTHATTA137号を参照)。第13回メフィスト賞(不定期に決定)受賞作。 近未来の東京で、少女を狙った連続殺人が行われる。ところが、三人目の犠牲者を狙っていた犯人の前で、その女子高生が全く同じ手口で殺される…。“真”犯人は誰か? ハサミ男と警察との熾烈な追跡調査が始まる。 ミステリでは、このような仕掛けもそれほど珍しいものではないのだろう。しかし、あまりそのあたりに詳しくない評者のような者からすると、何とも意外な結末である。本書の場合、作者の薀蓄を傾けた多趣味な引用があり、中でも、ある「SF作品」がきわめて重要なキーワードになっている(と、書いてもネタバレにはなるまい)。人物の描写に、独特のセンスが見られて面白い。 |
朝松健『邪神帝国』(早川書房) 朝松健のナチス=クトゥルー連作集。やはり、ヒットラーと、非人間の象徴クトゥルーの邪神とに、共通点を見出したところが注目すべき点なのだろう。ナチスドイツは、自動的な殺戮手段を構築する一方で、裏ではオカルト信仰にも執り憑かれていた。多くのミステリやホラー、SFがその奇妙さを突いている。本書もその一環といえる。ただ、クトゥルーの邪神がイメージする絶対的な異質さと、一枚の命令書がオートマチックに増幅されていったアウシュビッツのガス室とには、どこか馴染めない溝を感じる。著者のライフワークともいうべきクトゥルーであるが故に、あらゆるものがここに収斂するのも止むを得ないが。内容には、必ずしもナチスである必要のない、切り裂きジャックやドラキュラものも含まれる。 |
岬兄悟、大原まり子『SFバカ本ペンギン編』(廣済堂出版) バカ本(「バカボン」と読む)の5冊目。一貫してバカ話を追及してきたアンソロジイ。4は3月に出たので半年ぶりになる。9作が収められており、ファンタジイ系岡崎弘明、ホラー系友成純一、牧野修、SF系中井紀夫、かんべむさし、岬兄悟、ヤングアダルト系高瀬美恵、やおい系森奈津子、安達瑶と出自は多彩。かねてより頻出したダイエットネタを初めとして、クトゥルーネタまで各種があり、SFのバカ話といっても、一様ではないことがあらためて分かる。しかも、これだけで本が作れてしまうのは、日本だけの現象といってよい。アメリカでも、ヨーロッパでもこんな本は読めません。 |
『SFマガジン9月臨時増刊号』(早川書房) 久々の増刊号で、スペース・オペラ特集。日本でスペース・オペラといえば、野田昌宏の紹介がベースとなって、キャプテン・フューチャー→銀河乞食軍団→高千穂遥という一連の作品がその代名詞になった。そのためか、現在のスペオペ(という書き方も死語か)自体が、掛け合い漫才風の会話から成り立つものが多い(そもそもアニメがそうなっている)。 本書に収録された作品は、
という構成。看板作品は、いつもながらの水準といえる。しかし、これら諸作と50年代アメリカのシリーズを比べると、もともと「変格」から入った日本では、もはや本格が失われてしまったために、旧作の方に、かえって新しさを感じてしまう(50年代SF特集と同じですね)。昔はあまり感心しなかった「ドミニック・フランドリー」でも、主人公のひねくれた性格とシンプルな仕掛けを楽しむことができる。 |
井上雅彦監修『GOD』(廣済堂出版) 異形コレクションの第12巻目。神様がテーマといっても、宗教的な背景が薄い日本人向けには、キリスト教的な観点や土俗宗教的な見方もあり、統一したテーマという割り切りは難しいのかもしれない。この中では、フェッセンデンの宇宙風、恩田陸「冷凍みかん」、“修行”による神との合一、竹本健治「白の果ての扉」、あるいは狂信者の果て、篠田真由美「奇蹟」などが面白い。しかし、本書の最大の収穫は、田中哲弥「初恋」だろう。思春期の恋とエロティシズムを、人肉屍食と絡めた作品で、主人公の揺れ動く心理描写がすばらしい。もともと、全く違った作風の作家だった。筒井康隆を思わせる句読点の少ない緊密な文体も印象的。 |