99/01/03

田中啓文『水霊ミズチ』(角川書店)
 ファンタジーロマン大賞の受賞者で、その方面では、すでに何作かの著作のある作者だが、ホラー長編としては初めてになる。
 ある大学の中年助教授が、宮崎に新興宗教の調査に訪れる。しかし、そこで、山奥に祭られた奇妙な泉と伊邪那美、伊邪那伎にまつわる伝承を知る。伝承には、なぜか蛇の存在が色濃く印されていた…。記紀神話、新興宗教、神憑き等などと、村興しに絡む利権騒動、主人公の過去、結婚に執着する恋人云々と、まさに盛りだくさんな内容である。これらの要素が、前半は効果的に重奏し、濃厚な印象を残す。ただ、全てを収斂させるには、この部厚さでもまだ無理があるようで、残念ながら、ほとんどSFともいえる本書のアイデアを生かせていない。とはいえ、初ホラーとして、上々の出来では。
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99/01/10

tukino.jpg (4320 バイト) 井上雅彦監修『月の物語』(廣済堂出版)
 1年間に8冊を刊行し、日本SF大賞(特別賞)まで受賞したアンソロジイの最新刊。オリジナル・アンソロジイというより、これはもう雑誌といった方がいいのだろう。今回は、編集意図をある程度明確にして、例えばSF作家にはホラーにこだわらないアイデアを求めたようである。日本でいう「奇妙な味の小説」は、かつてはSF及びSF周辺作にしかなく、その点現在でもあまり状況に変化はない。編者のSFに対する思い入れは、この「奇妙な味」の復権を図るものでもある。青山智樹や堀晃の純SFや菊地秀行のオー・ヘンリー風短編にそのあたりが伺える。

99/01/17

『SFマガジン1999年2月号』(早川書房)
 “黄金の50年代”SF特集号である。昨年の500号記念でも人気を集めた往年の名作+隠れた傑作の発掘が目的。かつては、守旧派の代名詞だった50年代が、いつの間にか世界遺産並みの扱いをされることについては、多少の違和感がないではない。
 この時代は、マルツバーグの評論でも分かるように、“SFのカンブリア紀爆発”(大量の新種が出現した時代)があった。短編中心ではあるが、黎明期にありがちな未完成さは見られず、成熟した作品が多かった。実際、進化というものは徐々に起こるものではないらしい。一気に完成してしまうのである。
 ベスターの描くのは、凶凶しい運命を背負った善良な男の話、スタージョンは墓石に人間の一生を読み取る男を、ポールは大量消費に憑かれた男を、また、バドリスは、他人に感知されない女の運命を、ヘンダースンは超能力を持つ異種族の女教師を描く。そしてまた、ミラーの語るのは堂々たる宇宙叙事詩であり、SFのエッセンスを一点に凝集したとも思えるほどだ。
 ここにある短編は、今になってみれば、大半が現代でも一流の短編として通用するように見える。科学的アイデアの古さやテンポの遅さは、かえって40年が経ると、ある種のレトリックとして読めるからだろう。しかし、爆発的発生と、大絶滅とは対の関係にある。絶頂からわずか5年を経る間に、供給過剰により大量の雑誌や出版社が、作家を巻き込む形で消滅していった。
 余談になるけれど、昨年半ばまでは、評者も大森望の唱えるミステリ=カンブリア説に共感を覚えていたが、最近どうも大絶滅の予兆を感じることがある。アイデアの韜晦さ、内容の発散、大量の出版と、特に一般読者という不安定な足場に力点を移しつつある状況では…。まーそれほどの根拠はないのですがね。
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99/01/23

kabane.jpg (3533 バイト) 牧野修『屍の王』(ぶんか社)
 ネオ・ヌルを手始めに、奇想天外、幻想文学、ハヤカワハイ!等の新人賞を受賞、さらに『MOUSE』(早川書房)で注目され、既に10冊近くを書いてきた作者の、これは処女ホラー長編。経歴を見ても、実に多彩な才能があり(賞がマイナーとはいえ)、これまで目立たなかったことが、むしろ不思議に思える(筆者が知らないだけか)。
 娘を変質者に殺され、風俗ライターにまで堕ちていった作家に、ある日小説を書けという依頼が舞い込む。しかし、その日以来、作家の人生は奇妙な矛盾を露呈していく。出身校にも、生まれ故郷にも彼の記録が残っていないのだ…。
 本書もまた、実に手慣れた力作に仕上がっている。単に超自然なだけではなく、超現実なところが優れる。ただ、最後の「付記」は蛇足だろう。
ショートショート作家『ホシ計画』(廣済堂出版)
 星新一亡き後、既に1年。とはいえ、実質的にはもう数年が経過したように思える。その星新一の「ショートショート・コンテスト」出身者が、作家として多数活躍している、という事実に気づいたのは、不勉強ながら最近のことである。たとえば、監修者井上雅彦を筆頭に、「異形コレクション」に収められた作品の多くは、ホシ系作家のものだった。そういえば、昔「チャチャヤング・ショートショート」(眉村卓)からは谷甲州が、「ネオヌル」(筒井康隆)からはかんべむさしが出たわけで、作家系のワークショップからは、それ相応の力量の作家が必ず生まれてきた。もちろん才能は各作家固有のものだが、出版社主催の年一回のコンテストぐらいでは、世に出る機会が少なすぎるのである。
 さて、そのホシ系作家(コンテスト入選者)を集めたオリジナル・アンソロジイが本書。プロで活動している作家と、アマチュアのままだった作家が混交する形で、一人二作程度を寄せている。印象は、そういう意味で昔の「ショートショートの広場」によく似た雰囲気がある。落とし話、ホラー、童話風というパターンも同様か。やや玉石混交という印象だが。
hosikeikaku.jpg (3053 バイト)

99/01/30

redbaron.jpg (3554 バイト) キム・ニューマン『ドラキュラ戦記』(東京創元社)
 かの、サービス満点の傑作『ドラキュラ紀元』の続編が本書。そのサービスに関しては、本編も負けてはおらず、ドイツの撃墜王レッド・バロン(リヒトホーフェン男爵=原題 Bloody Red Baron を指す)から、エドガー・アラン・ポオやH・H・エーヴェルス(後にナチス賛美をしたとはいえ、この扱いはかわいそうですが)、また各種吸血鬼のバリエーションが登場。もちろん、ロンドンからベルリンに本拠を移し、死屍累々の第1次世界大戦に舞台を選んだことでも、吸血鬼譚としてのスケールアップは立派である。まーしかし、闇の存在が表舞台の主役に立って、歴史を改変してしまう面白さは、先の作品を越えるまでには至らない。次作で、おそらくヒトラーの第2次世界大戦が描かれるのも、必然とはいえ意外さは薄い。とはいえ、サービス精神の旺盛な作者であるからには、何らかの趣向を用意することも、たぶん間違いあるまいが。

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