99/02/05

ファンタジーノベル大賞特集・山之口洋『オルガニスト』(新潮社)
 第10回ファンタジーノベル大賞受賞作。南ドイツにあるニュルンベルク音楽大学、そこに天才的なオルガニストがいた。彼が弾くパイプオルガンの音色は、時にバッハの心情そのものを映し出すかのようだった。しかし、彼は突然の自動車事故で半身不随となり、失踪する。それから数年後、遠くブエノスアイレスから、彼に似たオルガニストの消息が届く…。
 物語の3分の2までは、パイプオルガンと、音楽を志す学生たちの青春物語なのだが、後半になって、ミステリ風の謎解き、最後はSF風の解決と、場面それぞれに見せ場が用意されている。主人公はドイツ人で、舞台もヨーロッパながら、ファンタジー臭はあまりない。中世のシンセサイザーでもある、パイプオルガンという馴染みのない装置(=ガジェット)を媒介にした、ある種のハードSFといえなくもないだろう。考えてみれば、ロビンスンの『永遠なる天空の調べ』も実はパイプオルガンのお話だった。
 それにしても、今回の受賞作は、いずれも、文章プロット等、ほぼ完成している。10年目の賞として成熟してきたといえる。もちろん、その点は新人賞として、善し悪しなのであるが。
organist.jpg (5314 バイト)
aoneko.jpg (4714 バイト) ファンタジーノベル大賞特集・涼元悠一『青猫の街』(新潮社)
 優秀賞受賞作。著者には、既にコバルト・ノベル大賞などの受賞歴がある。
 大手ソフトハウスSEをしている主人公の友人が失踪する。部屋には旧式のPC98が残されているだけだった。やがて、彼の行方を探すうちに、主人公は謎の暗号「青猫」に行き当たる。「青猫」とは何か、何を意味するのか、友人はどこに消えたのか…。
 書かれている内容は、ちょっと昔からPCを囓った人ならば、懐かしく楽しめる。特に新しい内容があるわけではない。ただ、この結末は別世界への扉を開くようで、ファンタジーと日常との落差やほろ苦さを感じさせる。そういう意味で、帯に書かれた「インターネットの悪意」とか「サイバーノベル」という書き方は的外れに思える。最初は、どこがファンタジーなのか、ミステリではないのか、とも思ったけれど、この一ひねりで非日常に踏み込んでいる。

99/02/13

ファンタジーノベル大賞特集・沢村凛『ヤンのいた島』(新潮社)
 優秀賞受賞作。著者略歴を読むと、光瀬龍に師事した、ともある。佐藤亜紀が大賞を受賞した、第3回(1991)の同賞最終候補作『リフレイン』*という作品について、そのころの読書日記(92年4月:本HP未収録)を探してみると、
 「パソ通(niftyのFSF)でも、大いに感動した、と全く失望した、の二つの見解が代表的みたい。受賞時最大の争点は、その設定の人工性で、読者の反感の主因でもある。なかなかの力作。問題があるとするなら、結末がきれいごとにすぎる点。作者が登場人物に同情してはいけない」、とある。
 本書では、「鼻行類」探しに南海の楽園を訪れた主人公が、ゲリラと政府軍の争いの中で、島の守護者ヤンと出会い、ありえたかもしれない島の運命を、夢の形で再演する。しかし、夢のどれもが、原初の島の悲劇に連なっていた…。
 作者は、もともとメッセージ性が強い物語を書く。そのメッセージが生の形で顕れては、なかなか受け入れてはもらえない。本書は、並行世界の夢を見せることで、印象の生々しさを希釈することに成功している。とはいえ、せっかくの「鼻行類」が活きていないのが残念ではある。
*無人惑星に漂着した人々というSF的設定で、絶対的非暴力の社会で起こった殺人と、それを正当化する正義の意味を、ひたすら追求する作品。
yan.jpg (5034 バイト)

99/02/20

fairyland.jpg (7194 バイト) ポール・J・マコーリイ『フェアリイ・ランド』(早川書房)
 クラーク賞(96)、およびキャンベル賞(97)受賞作。さて、本書も、いわゆる“ナノテク+インターネットSF”といえる。ナノテクについては、以前『極微機械 ボーア・メイカー』でも触れたが、基本的にファンタジイであるか、SFであるかの境界が曖昧であり、どのような展開も許される設定となっている。生き物のDNA情報が自由に改変できるのならば、何ができても不思議はない。本書では、人工奴隷「ドール」に知性を与えることで生まれた魔法の世界=“フェアリイ・ランド”、と化したヨーロッパのありさまが描かれている。主人公が遺伝子ハッカーで、フェアリイ創造者の少女を追跡するというのがお話の縦糸。冒頭は、遺伝子ハッカーたちのギャング抗争ではじまるが、やがて物語は知性を持ったドール、フェアリイたちの夢幻的な世界へと展開していく。
 やはり、この混沌としたフェアリイ世界のリアリティをどう見るかが問題となるだろう。設定は買うが、正直なところ、物語は混乱したままという印象。

99/02/27

新井素子『チグリスとユーフラテス』(集英社)
 7年ぶりの新井素子の長編で、しかも本格SF。
 植民惑星ナインが誕生してから、滅び去るまでの400年の出来事を、“最後の子供”とその子に覚醒させられたコールド・スリーパーたちの視点で描く、未来から過去にさかのぼる年代記。――といっても、これは“人類”の物語ではない。本書に登場する人物たちはすべて女性であるのだが、彼女たちのプライベートな独白や言葉の中から、この世界のありさま、そしてまた、人が生きるということの意味が追求されるという物語である。建国の英雄たちも登場するけれど、それもまた英雄ではなく一人の人間である。ただ、その人物たちのお話を総体することで、一つの強烈な“個”を主張するメッセージを伝えていることは間違いがない。出産、妊娠、妻であること、このテーマが“女性”ではなく、世界そのものへと連なる点がすばらしい。過去の多くの作品に比べても、本書の価値は高いといえるだろう。
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