99/10/10

牧野修『リアルへヴンへようこそ』(廣済堂)
 またまた登場の牧野修最新作。
 郊外にできた新興住宅街、そこに建つ最新鋭設備を備えたマンションに、名も知れぬ呪いが降りかかる。それは、語りえぬ別次元の世界から訪れるために、「言えぬ」と呼ばれた。呪いを撥ね退けるために集まったのは、一人の少年と薄汚れたホームレスたち…。
 言語、意識、毒電波と、今年に入って書かれた著者の諸作を、概ね包含する内容が含まれている。そういう意味では、代表作とも見なせる。牧野修入門として好適。ただし、本当に「怖がらせる」ことを主眼に置いたにしては、本書の場合お話がスプラッターに流れすぎた印象。スプラッターは、現実問題として、あんまり怖くないですよね。
カバー:ウェス・ペンスコーター,カバーデザイン:宮浩行

99/10/17

カバーイラスト:田中光,カバーデザイン:岩郷重力+WONDER WORKZ ジャック・ダン&ガードナー・ドゾア編『不思議な猫たち』(扶桑社)
 以前に出た猫アンソロジー『魔法の猫たち』の第2集。世間一般では、猫派よりも圧倒的に犬派が多い。しかし、SFでは猫テーマのほうが多いのである(たぶん)。今回は、有名な作品は減って、どちらかというと、作家に注目して作品を集めたように思える。“猫”も、虎やクーガなど猫科の動物にまで拡張されている。しかも、巻末のアヴラム・デイヴィッドスンは、もはや象徴的猫の物語といえる。問答無用のホラーを読みなれてしまうと、SF作家の理屈主義が際立って見えるのが不思議。
筒井康隆『わたしのグランパ』(文藝春秋)
 筒井康隆のジュヴナイル――とあるが、SF者の称するジュヴナイルとはちょっと違う。
 中学生の少女のもとに、かつて殺人事件を犯して刑務所に入れられていた祖父が帰ってくる。彼女の周りにはさまざまな波紋が広がる。祖父は飄々としてその全てを解決していき、やがて無くてはならないおじいちゃん“グランパ”となっていく。
 8月に出て以来、丸谷才一をはじめ「夏目漱石を髣髴とさせる」等、小説構造や文体を絶賛されている。とはいえ、ここで夏目漱石と比較してもしょうがないので、SFの観点からコメントする。物語の長さは中篇、ここで思い出すのは「わが良き狼」(1969)である。流れ者の賞金稼ぎがふと帰ってきた故郷の町で、老いた友や敵たちと再会する物語だが、本書はちょうどその逆の位置関係にある。グランパは、還ってきた老ヒーローなのであり、敵は誰もが若い。その若さに対して、グランパは対抗するのではなく、自身の死に場所を求めるように、ただ冷静に相対していくのである。
装画:福井真一,装丁:石崎健太郎

99/10/24

装丁:多田和博,装画:西口司郎装丁:多田和博,装画:西口司郎 梅原克文『カムナビ』(角川書店)
 推理作家協会賞を受賞した『ソリトンの悪魔』から4年、満を持しての書き下ろし大作2000枚――と、引き文句を書くならば、こうなる。作者梅原克文については好悪極端に分かれる評価が多く、評者も4年前はあまり好意的な読み方ができなかった。本書は、しかし過去に気になった点が改善された内容となっているようだ。あいかわらず、感情の起伏が激しい主人公や、動機不明+発作的言動の人物が見られはするものの、邪馬台国から大和王朝へと遷移する3世紀の古代日本という、ある意味でありふれた素材に大胆な仮説を導入した意欲作といえる。
 主人公は比較文化史学を専門にする大学講師。父親の影響で古代史を専門にするが、その父は10年前に謎の失踪を遂げていた。彼は、知り合いの助教授が、異様な高温で焼殺された現場から、父の行方の手がかりを得るが…。キーワードは、超高熱を発生する現象“カムナビ”である。
 謎には明快な説明がなされており、立派なSFとなっている(ちょっと、無理のあるネタですがね)。ただ、本書では同じ説明の繰り返しが妙に多い。連載小説ならともかく、十分な時間をかけた小説にしては、細部の目配りに難がある。

99/10/30

マイケル・マーシャル・スミス『ワン・オヴ・アス』(ソニー・マガジンズ)
 『スペアーズ』で話題を呼んだ作者の、翻訳第2弾。近未来、記憶を一時預かりする闇の職業に就いていた主人公は、ある日殺人事件の記憶を託される。しかし、依頼人はいつの間にか失踪し、警察と得体の知れないグループからの追われるうちに、しだいに事件の泥沼へと巻き込まれていく。
 ハードボイルド電脳探偵風の物語に、人格を持った「目覚し時計」や家電品といった、『いさましいちびのトースター』(ディッシュ)的なガジェットを配した作品になっている。実のところ、後者はリアリティーを与える小道具というより、ヴァーチャルな設定を彩るユーモアであるらしい。評者にはもう一つピンとこないが。とはいえ、お話としては、前作を上回るテンポがあって、十分楽しめるレベルではある。結末も意表をつく(『墜ちた天使』(ヒョーツバーグ)の“アXX”ネタのパロディかね)。
装画:影山徹,装丁:花村広

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