田中啓文『銀河帝国の弘法も筆の誤り』(早川書房) “駄洒落作家”では、横田順彌が先輩にいるので、前例がないわけではない。当時は、作家個人の一人芸といった雰囲気で、必ずしも支持者は多くなかった。今回は、出版社(SF界?)をあげて支援を行っている点が異なるようだ。 「脳光速」は千人分の頭脳から生じる怨念を使って、人類の敵を撃退するお話。標題作「銀河帝国…」は、宇宙規模の禅問答のために弘法大師空海を甦らせたら、というお話。「火星のナンシー・ゴードン」は、狂信的なロボットたちのもとに迷い込んだ女犯罪者の話。「嘔吐した宇宙飛行士」は、宇宙空間で文字通りの事態を招いた訓練生の運命。さらに「銀河を駆ける呪詛」は、光よりも早く人食い宇宙人の到来を告げる、呪詛通信のありさまを描く。ベストはやはり最後の「銀河を…」か。物語全体が洒落でできており、そのバランス感覚が絶妙。 推薦文がすべて作者非難を装うという、奇妙な売られ方をしている。ただ、作品の特異さと、対等にわたりあえる解説がほとんどないのが難点。田中啓文は、たとえばSFマガジン2001年4月号の大森インタビュー(田中の自作自演という説もある)でもそうだが、従来のパロディ手法では、そもそも全貌に迫ることが困難な作家である。この作者に対して、批評的なギャグを書くのはさらに難しい。本書の作者批判もいかにも書きにくそう。唯一、牧野修の文章が田中の本質に迫っているようで注目される。 |
殊能将之『黒い仏』(講談社) 作者の正体については別のところで書いた。今回は、謎のように、ジェイムズ・ブリッシュに捧げられている。 千年以上前、天台宗の僧侶が中国から持ち帰ったとされる謎の仏像と秘宝。名探偵石動戯作は、とある人物からその捜索を依頼される。探偵と助手は、九州博多近郊の田舎町を訪れるが…。 全編を貫くペダンティックな引用と無駄のない文体、まさに殊能将之の真骨頂というべきスタイルである。この作品は、すでに多くの話題を集めているので、あえて詳細は書かないが、クトゥルーのようでそうでなく、本格のようで少し違っており、SFのようでやっぱりSFという、この人を食った構成が面白い。ただし、本作の優れているのは、この3つの要素のどれにでもなりうるリアリティにある。結末(SFミステリでは禁じ手)のために、これだけの書き込みは普通しないだろう。 |
デュアル文庫編集部『少女の時間』(徳間書店) 『少年の時間』に続く、NOVEL21の第2弾。 恒星間宇宙船の独裁者(小林泰三)、時に呪われた村の少女(青木和)、ローマの片隅に棲む絵画の少女(篠田真由美)、高校生が出会う狐の少女(大塚英司)、アンドロイド殺しの犯人を探す少女(二階堂黎人)、中学時代の少女に還る心のタイムマシン(梶尾真治)――少女といっても、本書のそれは中年男女の奥に潜む、少女願望/記憶の象徴のようである。考えてみれば、今現在少年や少女である“青少年”にとっては、そのような自意識が生じるわけがない。過ぎ去って、初めて意味が生まれてくる。 巻末ではハイブリッド・クロスオーバーの意義(後編)が語られる。今、ティーンズノベルに普通小説というものはなく、大半がジャンル小説と化している。ハイブリッドも含め、ジャンルを経ずに新しい小説は生まれ得ない。これが結論。どうも、評者は、NOVEL21の読者層を勘違いしていたようだ。少なくとも20代後半、30代以上が対象となるのだろう。 |
古泉迦十『火蛾』(講談社) 『SFが読みたい!2001年版』出版記念、SF的に読める2000年注目作キャンペーン。要は、重要と思われながら(評者が)見落としている作品を取り上げる(という身勝手な)企画で、その第1作目が本書イスラム・ミステリ(2000年9月刊)。 第17回メフィスト賞受賞作。荒野の山上に3人のイスラム僧が、互いの顔も知らないまま修行に明け暮れている。そこに1人の新入りが加わる。と同時に、1人また1人と僧たちが殺されていく…。 宗教的薀蓄に彩られたミステリといえば『薔薇の名前』(ウンベルト・エーコ)を思い浮かべる。本書も、実はミステリであるより、イスラム神秘主義に対する執拗な追求が主な主題といえる。殺人の動機も犯人も、実はこのイスラムの迷宮的教義に隠されている。抽象的なこの結末を、犯人探しに見立てるのはかなり苦しい。ユニークさは抜群といえるが。 |
古橋秀之『ブラックロッド3部作』(メディアワークス) さて、キャンペーンの2つめ。ブギーポップ・シリーズと並ぶ、90年代を代表するヤングアダルト大作が今回のレビュー対象。これは、95年の第2回電撃ゲーム小説大賞『ブラックロッド』(1996)以来の、『ブラッドジャケット』(1997)、『ブライトライツ・ホーリーランド』(2000)と続く、ブラつき3部作である。 『ブラックロッド』で描き出されるのは、魑魅魍魎が日常の生活の中で跋扈する、もう一つの世界。そこでは、ブラックロッドと呼ばれる公安特捜官が、秩序を乱す妖魔を呪術的に取り締まっている。そこに、都市をも破壊する魔人が現れる。『ブラッドジャケット』では、屍体蘇生業者の青年と吸血鬼狩りが語られ、さらに、『ブライト…』では、都市の崩壊と神の出現までもが描かれる。 設定は、第1作の積層された巨大な妖怪都市が印象的。残念なことに、後になるほど奇怪な都市描写が減ってくる。一方、存在感の薄い青年と神がかりの神父、神を創造する純粋精神アルファと純粋悪魔のオメガなどなど、特徴的なキャラクタが登場するのは、ジャンルの本流スタイルに近づいたものといえる。バイオレンスとアクションが豊富な、ジェットコースター・ノベルとしても楽しめる。しかし、冒頭から頻出する奇抜なネーミング(仏教戦隊「機甲折伏隊」等)と、メインのお話とが必ずしもシンクロしない点が(それゆえに印象を拡散している点が)やや物足りない。 |
柄刀一『アリア系銀河鉄道』(講談社) キャンペーン3つ目。著者は、センス・オヴ・ワンダーを有するミステリ作家として知られる。SFアイデアをミステリで書く、ミステリアイデアをSFで書く、といったパターンはこれまでも数多く見られた。柄刀一の場合は、“SF”そのものをミステリで書く点が、類作との最大の相違点といえる。 本書は「メフィスト」誌に連載された、《三月宇佐美のお茶会》シリーズから成る連作短編集である(2000年10月刊)。 主人公宇佐美博士は“字義原理・実存の猫”に誘われて、べテルの塔で起こった殺人事件の真相を探る。そこでは、文字通り、言葉が現実と等価な存在になっている(「言語と密室のコンポジション」)。地球誕生から現代へと漂いつづけるノアの箱舟で起こった、謎の館ミステリの真相とは(「ノアの隣」)。死期が迫る被害者と、そこに潜む多重人格の探偵たち(「探偵の匣」)。銀河鉄道で旅する少女と、父親の死の真相(標題作)。これらは、設定となる世界の大半がSFそのものなので、「殺人の真相究明」にとどまらない、想像力のスケールアップが見られる。たとえば、言語実験のミステリ。このような駄洒落的な言葉遊びは、フレデリック・ブラウン「みみず天使」や筒井康隆の諸作など、シュールレアリストの作品というよりSFのライト感覚に近いものだ。ノアの方舟の事件も、地球誕生までさかのぼる描写は、本来の物語とあまり関係ない部分だろう。アイデアだけではない、広範なSF/ファンタジイのベースを取り込んだ作風は注目に値する。短編集なので、バラエティが楽しめてお買い得といえる。 |