2014/2/2

結城充考『躯体上の翼』(東京創元社)

装画:Mozy
装幀:岩郷重力+WONDER WORKZ。


 2013年11月刊。著者の結城充考は第11回電撃小説大賞(2004)でデビューしたが、その後は第12回ミステリー文学大賞新人賞(2008)を受賞するなど、ミステリを主な活動の場としている。

 いつとも知れぬ未来、主人公はネットの奥に隠された機密文書のデータの隙間から、遠い都市の何者かと知り合う。主人公は少女の姿をしているが、何百年も生きる対生物兵器なのだ。やがて出撃命令が下る。船団を組んだ部隊が目指すのは、知り合った友が住むという都市だった。

 〈共和国〉と呼ばれる世界、船団を率いるのは種苗会社を名乗る組織で、主人公は契約社員でもある。そういう現在の戯画のような設定と、地上を覆い尽くす生物汚染や巨大な生物兵器の存在など、ホラーじみた幻想性が混在する。この世界は次第に衰退しつつある。過去の知恵も徐々に失われている。黄昏の光景が印象を深める。意味もなく戦いが続く世界という設定は、秋山瑞人「おれはミサイル」(2002)にも見られる虚無感と共通する。ただ、本書の大半は戦闘シーンのみだ。さまざまな登場人物が、生かされる間もなく消えていくのは勿体ない。

 

2014/2/9

池澤春菜『乙女の読書道』(本の雑誌社)

写真:遠藤貴也、装丁:川名潤(prigrahics)


 2009年から13年にかけて「本の雑誌」に連載された60回分のブックレビューと、初期のエッセイ、雑誌記事、父池澤夏樹との対談を含む内容だ。すべてのファンがそうだとは言わないが、作家を輩出した家系の血を引くことよりも、アニメ声優、SFファンとして注目されることが多い。子供のころなら1日3冊、今でも1、2冊は読むというヘヴィーな読書家…というより、これぐらいになるとプロフェッショナルな読み手の範疇に入るだろう。

 『ハイペリオン』の紹介から始まり、ダイアナ・ウィン・ジョーンズの魅力を語り、P・G・ウッドハウスの面白さ、ハワイの古書店で出会ったウィリス、秋にはディレイニー『ノヴァ』、時には哲学者と狼との生活を、デイヴィッドスンの衒学、パラノーマルロマンスに触れ、皆川博子の耽美ミステリに耽り、祖父福永武彦の日記を読み、新銀背、ゾンビ、スペースオペラ、ビクトリアン・スチームパンクをたどり、クリストファー・プリースト『夢幻諸島から』を経て、60回目には酉島伝法『皆勤の徒』を採り上げる。

 本書の表題に騙されてはいけない。著者は“乙女”の段階をとうに過ぎた熟練の読み手だ。年齢不詳に見える著者(女優だけあって、写真が多数あるものの、どれもが違った風貌に映る)だが、読んだ本の量は1万冊をはるかに超える。これだけ読み込み、今後もSFメインを公言する(本書の対談)のだから、ファンから余計に注目を集めるのだろう。インプットは十分ある。さまざまな部分に覗く薀蓄を、もう少し工夫すれば面白さも広がりそうだ。レビュアーの期間はまだ短いが、今後のアウトプット充実に期待したい。

 

2014/2/16

ジョン・スコルジー『レッドスーツ』(早川書房)
Redshirts,2012(内田昌之訳)

カバーイラスト:景山徹、カバーデザイン:渡邊民人(TYPEFACE)


 《老人と宇宙》シリーズで知られる著者が、2012年に発表した後、ヒューゴー賞ローカス賞を受賞しベストセラーにも上がった長編である。スタートレックを思わせる古いTVドラマのパロディとオマージュが混在する一方、メタフィクション的な仕掛けも凝らされているという、ややトリッキーな作品。本書のTVシリーズ化の話まであるようだが、著者のblogに経緯が書かれているものの、まだ具体的(キャストや日程、契約など)ではないようだ。

 25世紀の未来、新任少尉が銀河連邦旗艦に配属される。最新鋭の宇宙艦は、科学探査を含むさまざまな任務に就くのだが、そこで奇妙な現象に気がつく。先頭に立つ艦長たち少数の幹部は無事なのに、一般乗員たちの死亡率が異常に高いのだ。ここには何か恣意的な秘密が隠されているのではないか。

 という秘密の解明までで三分の一、続いてこの状態から抜け出すため舞台は21世紀の地球に移り、ついに解決策を得て大団円、しかしそれだけでは終わらず、最後の四分の一では物語のもう一つの結末が置かれている。都合、3段階の舞台転換を経ていることになる。メタフィクション的といっても、スコルジーはヒューゴー賞を3度取ったファン受けする作家なので、きわめて具体的で分かりやすい。ご都合主義でチープだった初期のSFドラマを皮肉る一方、当時の記憶に対する愛着を感じさせ、ドラマの中の個性のない端役に焦点を当て、最後は現実の21世紀のドラマに収斂させるなど、思い通りに楽しんで書いたという印象だ。

 

2014/2/23

小野寺整『テキスト9』(早川書房)


Cover Direction & Design:Tomoyuki Arima、Cover Illustration:Yuko Shiraishi


 第1回ハヤカワSFコンテスト最終候補作の1つ。著者は1975年生まれ。ストーリーの要約ができない/しても意味がないという、前評判を持つ長編でもある。

 どこかわからない時代の宇宙、仮定物理学の老科学者は、教え子を権力の中枢を担うある組織の議会に派遣する。侵略戦争の危機が迫っているらしい。混沌とした会議の結果、数名のメンバーは密林に覆われた惑星に飛ぶ。しかし、宇宙船は墜落し仲間は行方不明、やがて緑の類人猿たちと出会う。猿たちは人工言語を話すのだ。たどり着いた宇宙船の残骸の中で見たものは。

 この世界に現実と仮想との区別はない(リアルと計算との見分けがつかない)。高度なインターフェース(自動翻訳)を介したコミュニケーションなので、登場する人類/非人類間の文化や言語の差異もなくなる。そしてまた、現実ではないのだから、時間の順序も当然なく、あらゆる因果関係は無効である(登場人物の役割が、章によって互いに矛盾している)。それだけではない、地の文章中に現れる現代日本的な/時事的な比喩表現など、読者に対して意図的な“翻訳”が盛り込まれているのだ。では、テキスト9/トーラーとは何だったのか、これを書いたのは誰だったのかという最大の謎が最後に提示される。神林長平は、ここに書いてあることは自身も考えたことがあるもの、と述べている。円城塔的、神林長平的な言語実験小説でありながら、きわめて読みやすいのが特徴だろう。