表紙写真提供:オリオンプレス,表紙レイアウト:小倉敏夫

7月上旬
谷甲州『北満州油田占領』『激突上海市街戦』『オホーツク海戦』(角川書店)
 ほとんど現実と質感の変わりがない世界を描き、アラマキ現象の中では異色。

ティム・オブライエン『カチアートを追跡して』(国書刊行会)
 脱走兵を追跡して、ついにパリまで追いかけていくという、ベトナム・ファンタジィ。ベトナムからパリまでを含む出口のない逃走路が、しかし、当時は救済とみえたのか。

佐脇家
 は無事帰国した。

7月28日
 深見さんが亡くなったと聞く。56歳。昨年出た、『そろそろ登れかたつむり』、のあとがきで何度も入退院をくりかえしていると書かれていたが。

とーとつに思い出したが、
 大森望が水鏡子カラオケざんまいをめずらしそうに書いていたのは、あれは間違い。かつて水鏡子は大会の合宿で、アニメ主題歌を残らず熱唱する、恐怖の徹夜アニソン男として世に知られていた。封じられた過去の亡霊が甦ったら、これは怖いではすまされない。

佐藤亜紀『戦争の法』(新潮社)
 何かと話題の、新潟を部隊にした戦争文学=B本書もまた佐藤亜紀の従来の作品と同じく完璧≠ネ一面を持つ。とはいえ、この作者の姿勢はどうも。

高橋源一郎『文学じゃないかもしれない症候群』(福武書店)
 新聞連載のコラムはちょっと短すぎる。

恩田陸『六番目の小夜子』(新潮社)
 やっぱり、小野不由美クラスはなかなかいない。迫力不足である。

SFマガジン増刊『SF・BOOK・GUIDE』(早川書房)
 ハヤカワからこんな本が出るなんて意外。これでは、最初の新時代社版『SF年鑑』とおなじではないか。いやいや、悪口はいうまい。出たことの意義を考えるべし。FD付きで売るべきだった。

バブル倒産
 ハードディスクやら、ディスクドライブメーカが倒産(筆者所蔵のディスクのメーカーなど、二社も潰れた)。アスキーやら、大陸書房にまでバブルの波が及んでいたとは。関係者の被害も大きいのではないか。

日本SF大会HAMACON(8月22、23日)
 広い会場で、参加者は約2000名(当日参加を含む)、ぎりぎり赤字か黒字かという運営のようである。ゲストではあったが、特別扱いも義務もなく、楽な大会だった。
 見た企画の数は少ない。横田企画を見る。明治ものの出版先が消えつつあるとのこと。
 授業ライブは、満員札止。ただ、やはり3年のブランクが大きいのか、ネタが古い(というか昔と同じことを言っている)。共産主義ネタなんて、もはやアブなくもなんともない。子供が騒ぐので、まともに聞いていられないのには困った。
 ウィンスペクターショー。おたくにまじって子供多数。こーいうのも、親子企画としてはいい。息子はぼーぜんと見ていた。
 マスカレードとかは、例年の通りレベルが低い。途中で退場して帰宅する。
 今度の大会は、子連れが多い。ダイの大冒険(DAICON5のときのドラゴンボール子供の弟)とか、なんたらのコスプレ子供が多い。
 瞬間的に擦れ違う知り合い。
 行きのバスで、猫の餌やり帰りの山岸真と会う。三度くらい水鏡子とすれ違う(水鏡子星雲賞ならず!)。浅倉さんとも一回だけ。堀さんと横田企画で会う。授業ライブの出演場面は見られなかった。井上祐美子(和服)とは中国企画直後に少し、わたしゃ娘を追っかける。巽夫妻は来ていたのだろうか。
 子供部屋では酒井昭伸親子、小川隆親子、橋本元秀親子とか、その他親子と出会う。親子状態を大森夫婦にビデオされる。こまったもんだ。
 朝おきるといなくなっていて、知らない企画の中で大きな顔で発言している小浜(小浜章子談)と、うちの娘は性格が似ているとのこと。こまったもんだ。
 夫婦参加と個人参加では大差はないだろうが、親子参加のSF大会には、たしかに趣はある。子供企画をもっと増やすべきであろう。大会参加者の若年化は、これ以外に、もはや望めないからである。
 とはいえ、この参加費の高さはなんとかすべきではないか。交通費6万+ホテル代4万〜8万+参加費4万(一般参加、子供が小学生以下の場合)家族参加にはきつい額である。

筒井康隆『朝のガスパール』(朝日新聞社)
 1冊の本で読むだけでは面白くない。副読本3冊と、パソ通ログファイルとを対照しながら読めばいいのだが、そこまではできまい。

新井素子『おしまいの日』(新潮社)
 過労死寸前の亭主と、自閉症のあまり発狂する妻の話。今一歩狂気におよばず。

コニー・ウィリス『わが愛しき娘たちよ』、『リンカーンの夢』(早川書房)
 こうして読むと、きわめてふつうの作家にみえる。「わが愛しき…」など、どこが問題になるのだ、と疑問を感じるくらい。『リンカーン…』の結末が、夢オチに流れるところがいまひとつ。(『ドリーム・マシン』を連想してしまう)。

正信美香
 から、ネオファンタジー新人賞・奨励賞授賞を聞く。ペンネームは天之千花良。鏡明が推薦している。いろいろと努力している人はいる。大陸倒産の被害者ではあるが。

アヴァン・ポップ宣言(季刊SFアドベンチャー)
 を受けとる。うわさの徳間版『WOMBAT』、はたまた『01』。編集はMacで表紙がトマス・ルス、巻頭が高橋源一郎のブローディガン論。似たような雑誌が他にも出ていて、流行のスタイルですね。(旧アドベンの、編集は手作業で表紙が加藤直之、巻頭が平井和正―というイメージ―と比較のこと)。SFから純文へ、マニアからファッションへ、というわけで、継続のSF連載が浮いている。はたして、このマーケットでどれだけの需要があるのだろうか。掲載広告はポップではない、なんとかするべし。

関係ないけど
 星雲賞に『電子立国日本の自叙伝』が選ばれるというのは、問題であろう。NHKにだまされてはいけない。なんたって、メーカー中もっとも人件費の安いのが、電機・半導体業界なのだ。日本が強いのは低賃金のせいなのです。

噂だが
 眉村卓さんのSF作家クラブ退会を聞く。まあ、いまこのクラブに属するメリットがあるとも思えないので、当然のように感じる。

 秋は近い。

9月5日
 ライバーが死んだ。結婚なんかするからだ、とみんなが言うだろう。

中井紀夫『剣をとりて炎をよべ(タルカス伝3)』(早川書房)
 面白いのだが、この展開でこの執筆ペースというのでは苦しい。前の内容をだいぶ忘れていた。もう歳か。

野阿梓『五月ゲーム』(早川書房)
 軽い野阿梓。

スティーヴン・キング『ダーク・ハーフ』(文藝春秋)
 キングがメタ・フィクションを書くとこうなる。
  つくづく、ファンタジイの書けない人だとあきれる。ハッピーエンドはいいとしても、設定以外の展開がいまいち。
 S伸一郎が結婚を期に、水鏡子を埋葬するシーン・甦った水鏡子が、復讐に大森望をファミコンで殴り殺すシーン・とかを連想したが、そんなに面白くもないな。

『電脳筒井線・完結編』(朝日新聞社)
 ホソキン騒動などが切れ切れに載っている。もはや旧聞ではある。

10月4日
 ブレットナー(81歳)とかナース(64歳)とかが死んだらしい。ナースはまだ若い。
 菊池夫妻の帰国は12月21日、アエロ・フロートのイリューシンと決まる。窓が破れている(推定)ので厚着すること。一年くらいすぐだ。

ジャック・ウォマック『ヒーザーン』、『テラプレーン』(早川書房)
 この作者の作品は、思ったよりはるかに道徳的≠ナある。たしかに主人公や設定はポストモダン≠ナあるが、接する態度はむしろそれらを否定している。
 しかし、良平先生の黒丸翻訳批判の影響で「……」が気になってしょうがない。言われるまではそうでもなかったのに、実に読みにくくなってしまった。

10月10日(双十節)
 ヤクルト優勝。

ロバート・L・フォワード『火星の虹』(早川書房)
 楽しく読める。まあ、それだけといえばそれだけ。橋元淳一郎はなかなか的確な読み手で、本書の欠陥もそのとおり。だが、解説で書くのはどうも。

北野勇作『昔、火星のあった場所』(新潮社)
 今回はよほどレベルが低かったのか、審査委員は口を極めて候補作を罵っている。唯一まぬがれた本作(優秀賞)も、散漫で羅列的な内容。

【特別付録】
 1986年から1989年までで、誰が何冊本を書いたかをリストアップしました。といっても、星敬氏のリストを、集計しているだけのおそまつ。簡易ソートのため作者名は辞書順ではありません。
出版点数 作者名の順です。10冊未満は省略。

80 菊地秀行
69 栗本薫(中島梓)
64 夢枕獏
60 志茂田景樹
58 田中光二
53 藤川桂介
50 山田正紀
46 富野由悠季
42 平井和正
41 谷恒生
40 横田順彌
40 《宇宙英雄ローダン》
37 筒井康隆
34 友成純一
34 清水義範
33 田中芳樹(李家豊)
33 今野敏
32 川又千秋
31 眉村卓
31 竹河聖
31 荒巻義雄
30 豊田有恒
30 半村良
30 荒俣宏
27 笠井潔
26 岬兄悟
26 渡邊由自
26 田中文雄(滝原満)
26 アシモフ(アジモフ),アイザック
24 光瀬龍
23 永井泰宇
22 新井素子
22 永井豪
21 朝松健
21 小林弘利
21 小松左京
21 ブラッドリー,マリオン・ジマー
19 紀和鏡
18 星新一
18 かんべむさし
17 竹島将
17 団龍彦
17 高齋正
17 高千穂遥
17 キング,スティーヴン
16 西谷史
15 生田直親
14 中原涼
14 大原まり子
13 風見潤
13 桧山良昭
13 谷甲州
13 斉藤英一朗
13 安田均
12 中島梓(栗本薫)
12 遠藤明範
12 ハインライン,ロバート・A
12 ディック,フィリップ・K
11 神林長平
11 高橋克彦
11 火浦功
11 ワイズ,マーガレット
11 ヒックマン,トレーシー
11 《宇宙大作戦》
10 門田泰明
10 鳴海丈
10 富田祐弘
10 中井紀夫
10 宮本昌孝
10 吉岡平
10 ラヴクラフト,H・P
10 バーカー,クライヴ
10 クラーク,アーサー・C
10 クーンツ,ディーン・R

10月末から12月

村上春樹『国境の南、太陽の西』(新潮社)
 かつて振り捨てたはずの、少年期、思春期の亡霊にとりつかれる成功した中年男。村上春樹風の「牡丹燈篭」。評判は悪いが、そう悪くもない。

L・ロン・ハバート『フィアー』(ニュー・エラ・パブリケーションズ・ジャパン)
 心理サスペンスをディ・キャンプ風に書くとこうなる。前評判を聞いてから読むと、それほどの感銘はない。

SF大賞
 は、やっぱり『朝のガスパール』か。一般読者層での話題作か、SFコアの地味な活動に賞を与えるという、この賞のスタンスからいけば当然の結果かもしれない。最終選考作も、予想通りだった。筆者の選んだものは、みんな候補作に挙っていたようだ(SFA冬季号)。誰でもそうかな。

『ワイルドカード』(東京創元社)
 コミックを小説で読むことの空しさよ。

『80年代SF傑作選』(早川書房)
 を、小川隆さんよりいただく。期待外れのない優れた内容であるし、作家の顔ぶれもまずまず――とこのあたりは、京フェスでもさんざん議論されたことであるので省略。
 ただ、一つ言いたいのは、あの議論で抜けていたのが、本書の作品§_そのものだということ。本当に優れたアンソロジイには、各作品単独では絶対出てこない、新しい読み方の提示がある。しかも、それは解説ぬきの、作品構成だけで成りたたなければならない。「ニュー・ローズ・ホテル」を単独で読んだときと、本書の一部で読んだときに、同じ感想しか生まれないのなら、アンソロジイとしての価値が低かったことになる。
 たとえば、水鏡子の選んだ仮想『70年代傑作選』では、巻頭に「そして目覚めると」が置かれているけれど、あの並びの中で『故郷から……』と、どれだけ違った読み方ができるだろうか。
 極端な話、集録作の7割が愚作でも、アンソロジイ自体を傑作にすることは可能。集録作に傑作を集めるのは、編者の良心であるのだが、それより編者の主張+作品としてのアンソロジイを前面に据えるべきである。アンソロジイとは要するにそういうものだと、筆者は常々思っているのであります。(まあ、善し悪しは別ですが)。

マイクル・コナリー『ナイト・ホークス』(扶桑社)、バーバラ・マイクルズ『不思議な遺言』(扶桑社)、マイクル・カンデル『図書室のドラゴン』(早川書房)
 ありがとうございます。でも、『ナイト・ホークス』の表紙は地味ではないのかね。マキャモンみたいに、ぎんぎらぎんでないと目立たないと思う。

『比較日本の会社・出版社編』(実務教育出版)
 を読む。これによると、早川書房(社員114名、資本金3000万)、扶桑社(148名、4000万)、東京創元社(25名、1620万)となる。売り上げでは稼ぎ頭の講談社に比較して、早川は約30分の1(従業員は10分の1)。不況の今、編集部員を3分の2カットして、営業に配転すべきであろう。とはいえ、このての本は不況に強いかも知れませんがね。データは1990年のもの。

京都SFフェスティバル92(11月28、29日)

bullet三村fat美衣とか、大森chat望とかに一番の極悪人と罵られる。この連中に一番といわれるということは、もしかしたら世界一悪いということか。
bullet福本直美さんとは久しぶり。あとはまあ。
bullet京都フェスそのものは、併せて出版された『80年代傑作選』が話題の中心(前出)。
bullet中村先生の海外SFファンを増やそうという話を聞いて思ったこと。  
 今年のSFでは、出版点数は日本作家4(約800冊)に対して翻訳1である。ただし、日本作家の半分強はヤングアダルトである。残りのさらに3分の1(約130冊)は文庫落ちの再刊、しかも、多数の境界作品を含んでのことなので、旧来のSF層はもはや壊滅状態である。したがって、事実上日本SFファン=YAファンとなる。しかも、ヤングアダルト読者は年に400冊の新刊を読めるのだから、よく読む人で100冊としても、他の分野に手を延ばすゆとりは既にない。YA→SFという線はないわけで、閉じたマーケットを形成している。逆に、最近では、翻訳を読むようなマニアクラスでも、ヤングアダルトはけっこう読んでいる(ネットのログなど)。つまり、SF→YAはある。さらに、早川だけで50冊も翻訳SFが出るのである。ローダンを読まなくても、ほとんどの一般読者はこれで充分。単純にマーケティングを考えるなら、まったく異なる読者層を開拓しない限り読む人≠ヘ増えない状況だ。そういう読者革命は、電子メディアの普及がないかぎり考えられない。といっても、もう十年後くらいだがね。いったいどこが生き残れるのだろう。

ロバート・ハリス『ファーザーランド』(文藝春秋)
 文春得意のアルタネートもの。もう一つの歴史でアウシュビッツを捜すというのを、どれほど面白がれるかが問題。旧ソ連をそのままドイツに置き換えたような設定。それにしても、西欧民主主義が、それ以外すべてに優るという考え方は、相変わらず。

F・ポール・ウィルスン『黒い風』(扶桑社)
 荒俣宏風スチャリトクル世界。まあ、冒険小説作家の外国理解がこの程度なのだから、かつてのソ連東欧スパイ小説のひどさも想像できよう。でも、こういうめちゃくちゃが好きなのですね、やっぱり。

ロバート・J・ソウヤー『ゴールデン・フリース』(早川書房)
 第十世代にしてはコンピュータがばかだ。

HAMACON
 は600万円の赤字だったという。実行委員会、委員長、柴野さんが3分の1づつ負担。まあ、予想されたとはいえ、DAICON3以来の大赤字だ。筆者も赤字の一環を担っているとおもうと、いささか心ぐるしい。通常、大会の赤字は参加費の1割くらいは、常にありうる。2000人規模の大会なら、予算だけで3000万くらいは軽いので、どんぶり勘定の大会ほどこわい。それにしても、参加者が少なすぎたのだろう。不況の影はあらゆるところに落ちる。

忘年会(12月29日)
 一年くらいでは、変わるわけがない帰国後の菊池家(少しやつれたのかも)、ドイツは住みやすい国ではないとのこと。年に一回しか会わない、その他30何人かの人々。SFに近いほど変化なし。そして今年もまた暮れる。

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