2000/05/13

グレッグ・ベア『ダーウィンの使者』(ソニー・マガジンズ)
 惹き句風に書くと、
 「『パラサイト・イヴ』と『アンドロメダ病原体』が遭遇するとき、人類は滅亡の危機を迎える。われらを『継ぐのは誰か』、遺伝子の呼び声に答えるものは、明日の人類『スラン』」
 とでもなる(大森望なら、もっとうまく書くでしょう)。
 アルプスの氷河で発見された、ネアンデルタール人の男女と胎児。しかし、その胎児は現生人類と思われた…。同じ頃、人の遺伝子に潜むレトロ・ウィルスが活性化し、妊娠中の胎児を変貌させる病が顕在化する。これは人類を滅亡させる疾病なのか、それとも新たな進化を導く神の手なのか。頻発する暴動をよそに、政治的な駆け引きに明け暮れる政府とバイオ企業。真相を探る科学者たちの苦悩は深まる――等、ハイテク・スリラーといっていいお話である。情報小説的なリアリティーは、類書に比べてもかなり高い。誰が読んでも面白いので、一般書として推薦できる。
 ただし、『スラン』に象徴される、次世代人類についての考察は、物語のバランスで見るなら、1つの傍流としか読めない。リアルな迫真性を追求する上でやむを得ないとはいえ、SFならば主眼になるこのネタが、そうなっていない点は、お話のスケールをいくらか削いでいるようだ。
ブックデザイン:鈴木成一デザイン室

ブックデザイン:鈴木成一デザイン室

2000/05/20

カバーイラスト:朝倉めぐみ,カバーデザイン:小倉敏夫 ピート・ハウトマン『時の扉をあけて』(東京創元社)
 またまたでた時間物。ただし、これもまた懐旧小説ではないし、R・C・ウィルスンのようなSFでもない。
 主人公の家庭は、アルコール依存症の父親のために崩壊寸前だった。ある日、母方の祖父が臨終を迎え、彼はメモリーと呼ばれる田舎町の邸宅(母の実家)に移り住む。そこで、50年前へと通じる時の扉を見つけるのだが…。
 菅浩江が解説で書いているように、本書をアダルト・チルドレン(家庭内暴力に晒されて大人になった人間に生じる、さまざまな問題を総称する用語)から読み解くことも可能だろう。まさしく、主人公はそのような立場の人間として描かれているのだから。50年前に遡った彼は、さらに過酷な戦争と記憶喪失を経、50年後にようやく因果の鎖を断ち切る。同じ悲劇の時を17歳と67歳の2回生きることで、ようやく乗り越えることができたのだ。
 類書にありがちな明快なハッピーエンドや悲劇と比べれば、現代の精神病理を意識した作品といえる(主人公と他の登場人物との関係には、不自然な面も残るのだが)。

2000/05/27

アーサー・C・クラーク『失われた宇宙の旅2001』(早川書房)
 映画『2001年宇宙の旅』(1968)で使われなかった原作集。映画の落穂拾いかというとそんなことはなく、お話として読める部分が大半を占める。もちろん、これは部分であって完結した長編ではないが、『2001―』自体のあらすじ程度ならば誰でも知っているだろうから、さほど違和感なく読むことができる。特にスター・ゲートを抜けた後のエイリアンとの出会いは、映画にはないシーンであるし、どこか『星からの帰還』(レム)を思わせる内容で、未知の風景(人類を超越した文明)を描き出す工夫が楽しい。
 本書はもともと1972年に出たもの。今ごろ訳された理由は、翻訳者伊藤典夫さんの32年に及ぶ「2001年研究」の一端だから、ともいえる。本当の2001年を控えて、映画の投げかけた波紋は拡がりつづけており、今日的な意義も、いまだ消えてはいない。
カバー・イラスト:渡邊アキラ,カバー・デザイン:ハヤカワデザイン

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