レイ・ブラッドベリ『二人がここにいる不思議』(新潮社) ブラッドベリの新作短編集は、最近結構翻訳されている。本書は88年に出た作品なので最新作とはいえない。しかし、ブラッドベリの短編を今になって読むというのは、それが80年代作であろうが、90年代作であろうが、それなりの感慨を伴うものなのである。この作家の感性を知るためには、十代の瑞々しさが必要とされてきた。二十歳を過ぎては、もはや遅すぎる。それはなぜか。 作品集の冒頭には、離婚した男が自然に溢れた田舎で、1人の女性と出会うという「マディソン郡の橋」的なお話が置かれる。次にある、タイムマシンの帰還で輝かしい未来が約束された世界「トインビー・コンベクター」は、もともと本書の原題でもある。翻訳版の標題作は、死んだ両親を夕食に招く男のお話だ。ブラッドベリは、ホラーの原点でありながら、迸る血などどこにも描かれず、SFに多大な影響を与えた割に、科学的なベースはほとんど見られない。けれど、ここには、感性の根源が描かれており、人はみなこの原点から自分を育てていくのだ、ということが分かる。源である以上、若さの必要性も当然のことと思える。少なくとも、『火星年代記』、『10月はたそがれの国』は、十代に読むべし。 「四拾にしてブラッドベリ」。トキメキは、しかしよみがえらず。ただし、短編作家の技法的旨みだけは、今でも楽しめます。 |
井上雅彦監修『宇宙生物ゾーン』(廣済堂出版) 異形コレクションの15集目、今回は、基本的にSFアンソロジーである。編者の前書きには、タームであるSFが、60年代のTV番組「アウター・リミッツ」や「ウルトラQ」、あるいは“21世紀”に連なる古典的ガジェット、たとえばサイボーグやロボットにリンクした用語として語られている。SFが連想させる世界は“未来”ではなく、むしろ過去=レトロ=懐旧なのかも知れない。本書もまた、そのような古典的スタイルで書かれた、純粋SFを多く収めた内容となっている。 火星に住む生物、月で発見された生物、ブラックホールに群れる虫、異界の植物、コンピュータの紡ぐ生物、エネルギー吸収生命、そしてまた我々自身に潜む異種族…。 SF独特のアイデア・ストーリー「宇宙生物」は、評者には懐かしさそのものだが、既に同種の作品集が少ない状況なので、新鮮に感じる読者も多いだろう。異形コレクションはもともとホラーでスタートしたため、書き手もホラーを意識した作品が中心だった。本書にそのような気兼ねはない。 |
SFマガジン編集部『SFが読みたい!』(早川書房) SFマガジンの4月臨時増刊号。見ての通り「このミス」類似本ではあるが、その点なんの衒いもないので、あまり気にはならない(「このミス」スタイルは、デファクト化しているわけです)。99年の状況についての評者の見解は、同書を見ていただくとして、トップが『クリスタルサイレンス』であるのは、関係者の無意識がこの純SFへの評価につながったとも見えて、願望充足型のベストともいえる。ただし、今後は、世の動きとして、深く狭くが主流になりつつあるため、流行という意味では、純SFが復権する可能性も少なくはない。 日本のSFが欧米の動きとリンクしなくなって久しい(翻訳書の好みさえ一致していない)。たとえば、LOCUSを読めばアメリカの動きはだいたい分かる。日本の場合、SFマガジンのベスト総括が唯一の情報源となっていた。しかし、LOCUSは業界情報誌なので、いかに専門誌とはいえ、マガジンが一般読者向けに動向分析を読ませるというのもおかしい。やはり「このミス」スタイルの単行本ダイジェスト風、読書ガイド風が正しい姿と思われる。 もっとも、過去のベストもすべて収録されており、動向を知りたいプロフェッショナルな読者にもお買い得。 |
文芸書籍編集部篇『SF Japan milleniam:00』(徳間書店) こちらは別冊ではなく単行本扱い。「SFアドベンチャー」亡き後、徳間書店は「日本SF大賞」の事実上の主催者でありながら、独自のSF雑誌を持たない出版社となっていた。本書は、大賞の20周年と、第1回「SF新人賞」を記念した雑誌スタイルの冊子である。大賞受賞作については別記したので、ここでは三雲岳斗の受賞作『M.G.H.』について触れる。 内向的な主人公と勝気な従姉妹、2人は新婚旅行の懸賞応募のために“偽装結婚”して宇宙ステーション白鳳までやってきた。ところが、そこで不可解な連続殺人事件が起こり、彼はにわか探偵を引き受ける羽目になる…。 と、これはSFミステリ仕立て。ただ、SF的な設定は確固としており、SFとして読む分には問題はない。難をいえば、主人公の生きる未来社会の政治的歴史的背景や、個人の過去の描写が妙に思わせぶりなだけで終わっている点。シリーズの続編を読んでいるようで、お話として完結していないのである。とはいえ、既に著作のある作者の作品であるため、危うさはない。久々のSF新人賞ながら、最初からハードルは高いようだ。 |
ロバート・チャールズ・ウィルスン『時に架ける橋』(東京創元社) この作者の『世界の秘密の扉』は、設定のわりに地味な作品だったが、本書も、SFのさまざまな定石を組み合わせた、正統派作品として読める。 とある田舎町に、遠い時間から渡ってくる時間旅行者のための、中継ステーションがあった。しかし、そこに襲撃者が現れ、中継ステーションの住人は惨殺された。やがて10年が経て、新しい住人がその家を買う。彼は、建物の地下に60年代に続くタイムトンネルがあることに気付く…。 物語の主眼は、たとえば、こういった懐旧小説にあるのではない。そういう意味で、設定は似ているのに、『グリンプス』のような60年代に対する強烈な思い入れも薄い。超未来人が作った(かも知れない)タイムトンネルや、中継ステーション(これはタイム・パトロールのような能動的な存在ではなく、時間の現地事務所のようなもの)の役割、タイム・パラドックス、非人間的な未来の殺人兵士と、社会から落ちこぼれた現代の主人公とを結びつけた物語なのである。 その昔、アウターリミッツ(TVシリーズ)の1エピソードに「38世紀からきた兵士」というのがあった。殺人だけを教え込まれた未来の兵士が、タイムスリップで20世紀に送り込まれるが、そこで家族の愛情に目覚める、というようなお話だった(はず)。本書には、同じ雰囲気がある。ちなみに、その脚本を書いたのはハーラン・エリスンである。 |