岡本による総括
まずは概要を、カレンダー風にして追いかけてみよう。
【1月】
年初の話題作は、ハード・ヤングアダルト『時の果てのフェブラリー』(山本弘)だろう。SF味の少ない分野で、今後どこまで伸びて行けるかに、注目が集っている。『時空と大河のほとり』のベンフォードは、この後、合作も含め大部の長篇が4作も出た。『銀河宇宙オデッセイ』(NHK)にも出演。
【2月】
神林長平の最高傑作、『帝王の殻』が出た。また、大河小説『不定期エスパー』(眉村卓)が完結した。
【3月】
SF大賞を受けた『アド・バード』(椎名誠)が出た。『水域』(9月刊)『武装島田倉庫』(12月刊)と、どの作品も傑作。
一昨年からの、ストルガツキー翻訳の集大成的作品『トロイカ物語』、SFプロパー外の話題作、宗教的な全体主義社会を描く『侍女の物語』(アトウッド)も出た。
【4月】
一方、SFプロパーの注目作家ワトスンの、日本独自に編まれた短篇集『スロー・バード』は、この作家の才能の全貌を見渡せるもの。
【5月】
日本でのSFコアの最右翼『ハイブリッド・チャイルド』(大原まり子)と、SFサイドの評価には、筒井康隆からも疑問の声がでた『治療塔』(大江健三郎)は、見事なまでに対照的な内容。そして、待望久しい′カの傑作『スターメイカー』(ステープルドン)は迫力十分な重量級。また、密度の濃いホラー・アンソロジイ『スニーカー』(キング他)が出た。ただし、昨年は、翻訳に占めるホラーの点数は減った。
【6月】
毎年一冊づつの翻訳だが、そのたびに話題を呼ぶ『炎の眠り』(キャロル)。
【7月】
久しぶりの入門書『SFハンドブック』(早川書房編集部編)、『リプレイ』(グリムウッド)は、時間ものに新風を吹き込んだ秀作。日本国際賞を受けた人口知能の大御所ミンスキー『心の社会』は、SFファンも読む価値がある。
【8月】
ホーキングをきっかけにブームがひろがった宇宙論で、SF関係者も執筆する『宇宙論が楽しくなる本』(JICC出版)は、標題通りよくわかって楽しい内容だった。「消えた少年たち」(新潮九月号収録)を契機に、日米でその作家姿勢が問われたカードの『死者の代弁者』は、これも論議をかもす問題作。
【9月】
ディッシュの意外な一面をみせる、奇妙な味の小説『ビジネスマン』と、ノンフィクションでは、『ゲーデル、エッシャー、バッハ』で有名な、ホフスタッターの新作、『メタマジック・ゲーム』が出た。
【10月】
ヤングアダルトが書かない(あるいは、書けない)部分を詳細に描いた、冒険SF『サラマンダー殲滅』(梶尾真治)。難解な構成をもつ『黒い時計の旅』(エリクソン)は、文学側からのSFの成果といえるだろう。
【11月】
文章表現などに抜群の旨さがありながら、いま一歩詰めの迫力に欠ける『フィーヴァードリーム』(マーティン)。『ネットの中の島々』(スターリング)は、サイバーパンク作家の近未来政治小説=B最近流行の中南米ものでは、『落ちゆく女』(マーフィー)が優れている。
【12月】
グロテスクな『ドクター・アダー』(ジーター)。実に美しい世界を描く『エンジン・サマー』(クロウリー)には、70年代の哀切さえ感じられる。
ざっと、駆け足だったが、詳細は総括で述べられるだろう。複数の作品を出した作家では、ここ2年間、年3冊のペースを守り、安定した作風の草上仁。ミルキーピア・シリーズを、3冊出した東野司。ファンタジイ大賞作家岡崎弘明の、入選作2冊が注目される。菅浩江のヤングアダルトものも、SFサイドから大きな話題を呼んだ。