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2002年のアメリカ私立探偵作家クラブ賞(The
Shamus Awards)受賞作。ファン投票とはいえ、25年もの歴史がある賞なので、それなりに権威があると思うのだが、評者は詳しくないため不明。 21世紀後半、アメリカは戦争を経て宗教国家となっている。世俗的な政治家は資格を失い、何らかの宗教的指導者が大統領を勤める時代、主人公の同僚刑事は、折からアメリカ歴訪中の法王を暗殺してしまう。煽りを食って退職に追い込まれた彼女は、私立探偵として生計を立てている。しかし、ある日奇妙な依頼が舞い込む。電脳空間上に出没する“天使”の正体を調査せよというのだ。 宗教的戒律が当たり前となった未来のアメリカ。この設定自体は面白い。タフガイ(といっても、電脳調査が主力の未来社会での凄腕とは、腕力ばかりではない)の元女刑事が、ハッカーの友とともに意外な真相へと嵌まり込んでいく。とはいえ、やはり気になるのはこの“天使”の扱いで、凄みのある美青年タイプのイタリア系刑事が実は…などなど、SFとして読むにはやや難のある展開だろう。ハッカーの描写も、2001年に書かれたにしては新味がない。
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『グラン・ヴァカンス』(2002)に続く、廃園の天使/数値海岸シリーズ第2作である。前作から4年ぶりの新作で、SFマガジン掲載の中篇4編と、書き下ろし1編からなる中編集。著者はちょうど2年間隔ごと、秋に本を出してきたことになる。 「夏の硝子体」(2002):<夏の区界>にある仮想の汀で、記憶を封じ込めた硝子体が拾われる 「ラギッド・ガール」(2004):<数値海岸>開発の研究所で、私はラギッド・ガールと呼ばれる醜い女性と出会う 「クローゼット」(2006):<数値海岸>に関連する仕事についた主人公の同居人は、不可解な手段で自殺する 「魔述師」書き下ろし:鯨を整備する<区界>、現実世界で<数値海岸>に反対する首謀者、2つの物語が出会うところ 「蜘蛛の王」(2002):蜘蛛の王に支配される巨大な汎用樹の世界に、破壊の兆しが現れる 著者によると、「ラギッド・ガール」は2つの視点を持つ物語だという。1つは醜い女阿形(アガタ)、もう1つは安奈カスキ。そしてまた「ラギッド」(ざらざら/ごつごつ)はこの物語全体を象徴する単語であるという。本作はジェイムズ・ティプトリー「接続された女」(1973)をちょうど逆転させた物語でもある。「接続された女」はネットに繋がれることで世界に搾取される。一方「ラギッド・ガール」は、搾取される(AIたちの)世界と繋がっている。70年代的(ニュー・ウェーヴ的)といわれる作風に対する、1つの答えかもしれない。 飛浩隆の小説は、もともと本シリーズだけではなかったが、著者の全精力はこの作品群に集約されている。作中の無数の仕掛けが相互に関連しあって、新たな展開を見せる様相は、著者が想像力を注ぎ込んだ結果だろう。実際、各作品には重要などんでん返しが用意されていて、読者の予想できない(作者も意識しなかった)意外な結末となっている。こういった(ある種の文藝上の)奇跡は、数値海岸という細密画のように描きこまれた世界が、“閉じている”(凝集されている)ことと関係があるように思える。
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論創社のシリーズ第3弾。著者が亡くなってから既に40年が経っている。評者が読み始めた頃には過去の人でもあった。とはいえ、歴史的であっても裏方(編集者/評論家)としての実績は大きく、アメリカのミステリ/SF界では重要な役割を果たした功労者だ。本業は作家ではない。小説の多くは初期に書かれている。 先駆者(1952):原始時代の先駆者が発見した職業とは 噛む(1943):先住民の呪われた伝説の地に潜むもの タイムマシンの殺人(1943):短時間の時間移動ができる装置を開発した発明家の犯した殺人事件 悪魔の陥穽(1943):奇妙な呪いに取り憑かれた男の苦悩 わが家の秘密(1953):火星料理の味にまつわる夫婦の不和 もうひとつの就任式(1953):独裁制に傾くアメリカで、もう一つの現実を望んだ男は 火星の預言者(1954):火星で出会った異星人と地球人は、お互いこそ真の人間と主張する 書評家を殺せ(1949):批評家を呪い殺すために作られた一冊の本 人間消失(1952):衣服だけを残して人間が消失する事件が頻発する スナルバグ(1941):悪魔に未来を教えるよう望んだ男は 星の花嫁(1951):宇宙人に愛された娘は、植民地の現地妻に過ぎなかった たぐいなき人狼(1942):呪文のひと言で狼に変身できる教授のしたことは 本書は、最初期の短編集に「たぐいなき人狼」を加えて翻訳したもの。凡そ半分は1940年代、残りが50年代前半の作品になる。今読むとSF味の薄さを感じるが、ほぼ全部が当時のSF雑誌に載ったものだ。ただ、「たぐいなき…」を含む4編は、アンノウン誌(SF寄りのアスタウンディングの姉妹誌で、主にファンタジイ系の作品を掲載。1939-43刊行)初出なので、ファンタジィ風なのはむしろ当然だろう。バウチャーの短編は、50〜60年前という時間を考えると、まだ古びていないとはいえる。しかし、埋もれた短編をあえて掘り起こすほどの価値があったかはやや疑問だ。
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今年7月に出た本。Olympos,2005 と併せての2部作(というより、2作で1つの長編といった方が良い)なので、単独での紹介は止めておこうと思っていたのだが、あまり後になって5000枚を一気に読むのも大変そうなので、まずは上巻を読んでみた。 この物語は3つの視点を持つ。1つは表題となった「イリアム」(イーリアス)の世界。後世の詩人ホメロスが語る、紀元前1200年のトロイ戦争10年目に起こる大会戦を舞台とした部分。ここでは、ホメロスの叙事詩“そのまま”に人間の英雄とギリシャ神話の神々が実在する。2つ目は地球、何千年かの未来、地球人はわずかな人口を残すのみだったが、機械にかしずかれる優雅な生活を送るうちに、文明の知恵を全て忘れ果ててしまっている。3つ目は、木星系に棲む生命と機械との合体生物が、火星で生じている大異変の調査に向かうお話。この生物は人間とかけ離れた外観をしているけれど、シェイクスピアとプルーストなど古代文学の権威だ。 長い(上巻だけで2100枚)といっても、シモンズの長編は読み手を飽きさせない。全く異質な木星生命がシェイクピアを論じるというのも、何故かありえなくもないと思わせてしまう(だからこそ、登場人物に感情移入しやすくなる)。最初のトロイ戦争時代は、(神に復活させられた)20世紀の大学教授が語り手としているおかげで、お話をずっと分かりやすくしている。ニュー・スペースオペラを書く若手作家にも見習ってもらいたいポイントだろう。ちなみに、本書だけでは物語は完結しない。謎めいた舞台設定の一部が明らかになるだけである。
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