著者10年ぶりの作品にして、初の単行本、処女長編。出版忽ち話題沸騰、傑作との評価も高い。
数値海岸――そこは、仮想空間に構成されたリゾートである。“長い夏休み”と名付けられた区界は、永遠の夏にまどろむ港町を演出する。町にはさまざまな役割を担った人工知性体(AI)が、ゲストの到来を待ちながら生活を送っている。しかし、千年もの間、ここを訪れた観光客はいない。一体、数値海岸の外では何が起こっているのか。なぜ、彼らの世界が維持されているのか。そんなある日、一人のAIが、風景の“綻び”に気がつく…。
“AI”といっても、ここで書かれているのは、類作でイメージされている、プログラムとしての人工知能とは異なるものだ。彼らは、人間そのものであり、自覚的に自らの役割を解明し、やがてリゾート自体の矛盾点を知る。
電脳空間の扱いも、サイバーパンク以来の伝統的スタイルとは違う。敵の侵入を防ぐ“結界”の張り方や、魔物と等しい変幻自在の存在など、魔法の要素を取り入れた舞台である。時間を食い荒らす化け物といえば
、スティーヴン・キングの『ランゴリアーズ』だが、この世界もランゴーニという仮想空間の外から来た侵入者に食われていく。電脳空間が食われるという発想はユニークだろう。
本書で重大な役割を果たす「ドリフトグラス」(流れ硝子)は、ディレーニイが書いた、60年代を象徴するほろ苦い青春SF。リゾートに忍び寄る破壊者は、バラード『コカイン・ナイト』を連想する。
世界のありさまは、サイバー・スペースの原型ともいえる、ヴァーナー・ヴィンジ『マイクロチップの魔術師』に似ている。何箇所かで、ニュー・ウェーヴを思わせるとの指摘があるが、こんな言葉の使い方に、レトロなSFを感じるのかもしれない。
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