2002/9/1

牧野修『バイオハザード』(角川書店)

写真:Constantin Film Production GmbH
 

 カプコンのゲームをベースに、ポール・(W・S・)アンダースンが脚色した映画の小説化。牧野修はこれまで何作かのノヴェライゼーションを書いており、そういう意味での目新しさはないものの、『鏡の国のアリス』からの引用をちりばめた構成に期待を感じさせる。
 主人公アリスは見知らぬ館で目覚める。自分が何者で、何をしていたかの記憶がない。しかし、巨大企業の研究施設で、異変が起こっているらしい。彼女は特殊部隊とともに、地下施設に潜入、そこで無数のゾンビの群れと遭遇する…。
 残念ながら、本書に牧野色はあまり感じられない。登場人物の背景や行動の流れは、基本的に映画準拠のようだ。とはいえ、機械的でヒトとも思えぬ主人公に比べて、不気味な怪物のほうに存在感(必然性)を与える点は、いかにも著者らしい。

bullet 映画バイオハザード紹介HP
bullet 映画版公式サイト
Flashによる動画、音楽が出ます。
bullet 『傀儡后』評者のレビュー
 

平谷美樹『君がいる風景』(朝日ソノラマ)

カバーイラスト:佐竹美保、カバーデザイン:溝端ひろみ
 

 NHKの「少年ドラマシリーズ」(1972-83)のような作品、という注文で書かれ、まさしく意図どおりに出来上がっている。
 25歳の主人公は、10年前の事故で仲間の女の子を亡くしている。その死は人生に暗い影を落としていた。過去を変えられたらの思いのまま、(ジャック・フィニイ・ドライブにより)主人公は15歳の少年の体に帰還する。しかし、時間を遡行する過程で、どこで事故が起きたのかの記憶が失われる。彼女の命を救うことはできるのか。ひと夏の冒険の中で、運命の時間は刻々と近づいてくる…。
 本書のハッピーエンドを否定する向きもあるが、本書の主眼は「救出」にある。予定調和は、このようなテーマの場合やむを得ないと思われる。たとえばクラークの救出テーマ『渇きの海』で、遭難した砂上遊航船が救助されないまま終わったら、読者は詐欺だといって怒るだろう。
 一点気になるのは、助けられる側の心理。バート・K・ファイラー「時のいたみ」(1968)で描かれているシチュエーションが参考になる。お話の詳細は下記を見ていただくとして、命を助けたという一方的な思い込みだけでは、体験を共有したことにはならないのである。

bullet 少年ドラマシリーズの特集HP(NHK)
bullet 『ある日どこかで』評者のレビュー
ジャック・フィニイ・ドライブと、時間SF関係に対するリンクを含む。
bullet 『レスレクティオ』評者のレビュー
著者のその他作品に対するリンクを含む。
bullet 「時のいたみ」の言及がある『Y』評者レビュー
 

2002/9/8

北野勇作『イカ星人』(徳間書店)

ILLUSTRATION:前田真宏
 

 カメ、ザリガニ、ときてイカですか。
 今回は、ある種のエイリアン・アブダクション小説ともなっている。売れないSF作家である主人公は、近所のコンビニでアルバイトを始める。しかし、そのコンビニの奥には奇妙な工場が隠されており、無数のイカ製品が製造されていた。イカ製品は危険な代物で、扱いを間違うと同化されてしまう。やがて、彼の脳みそはイカの塩辛と交換されてしまう…。
 いつものように、さまざまなエピソードが組み合わされた構成で、往年(60年代)の濃縮小説を思わせる。濃縮小説というのは、極めて短い場面 (特に視覚的場面)で区切られ、時間/空間関係がシャッフルされたスタイルの小説でバラードが提唱した。
 また、本書の場合、ここに書かれたことは、主人公の本当の体験と解釈可能なので、エイリアンであるイカ星人アブダクション小説とみなせる。脳みそが塩辛になった人間の妄想小説だと思えば納得もいくだろう。

bullet 『どーなつ』評者のレビュー
著者関係のその他のレビュー、公式サイト等のリンクもこちらをご覧ください。
bullet エイリアン・アブダクション関係のHP
要するに宇宙人に誘拐されて人体改造を受けた云々。
bullet バラードの濃縮小説『残虐行為展覧会』
亜流を多数生んだが、残ったのは結局元祖バラードだけだった。
 

宇月原晴明『聚楽 太閤の錬金窟』(新潮社)

装画:中川惠司、装幀:新潮社装幀室
 

 1月に出た本。前作『信長―』(99年12月、下記)は、信長が両性具有者(アンドロギュヌス)であり、「牛(くだん)」を介してローマ皇帝ヘリオガバルスとつながるという驚天動地の物語であった。 同様に本書では、豊臣秀次が西洋から持ち込まれた錬金術を介して、ジャンヌ・ダルクの戦友であり、錬金術にのめり込んで処刑されたジル・ド・レ(青髭公)に連なるという 、驚異のお話が展開される(そして、ジル・ド・レが、錬金術で蘇らせようとしたものの正体も明かされる)。
 秀次は秀吉の甥にあたる。しかし、真実は違っていた。その事実と150年前に死んだ青髭公との類似性を見取ったポステルらは、究極の錬金術を行うために恐るべき陰謀を企む。関白となった秀次は、京都聚楽第の地下深くに異端の実験施設を建造する。やがて、城の周辺で、殺人や誘拐さえ噂されるようになるが…。
 実は異端派切支丹だった曾呂利新左衛門(本来は秀吉に仕えた道化)、錬金術の老大家ギヨーム・ポステル、服部党、蜂須賀党らの忍者集団、イエズス会異端摘発チーム 「主の鉄槌」の術者と、登場人物は多彩にして派手。いかにも黄金趣味の秀吉の時代を象徴している。その一方に吝嗇家の家康を配置し、時代の対比を暗示させている。なぜ、秀吉が秀次の側室らまでを処刑しなければならなかったか、なぜ家康が豊臣家を滅ぼさねばならなかったかの、謎の回答も書かれている。
 ただし、信長、秀吉、家康らの交歓を交えたエピソードは、本書のテーマから遊離して見える。あまりに多くを盛り込みすぎているようだ。

bullet 聚楽第空想図
bullet 豊臣秀次の年譜
曾呂利新左衛門はこちらも参考になる。切支丹だったかどうかは不明。
ギヨーム・ポステルについてはこちら。 来日した記録はない。
bullet 『信長 あるいは戴冠せるアンドロギュヌス』評者のレビュー
本書はこの作品の続編といえる。
 

2002/9/15

小川一水『群青神殿』(朝日ソノラマ)

カバーイラスト:米村孝一郎、カバーデザイン:溝端ひろみ
 

 6月に出た本。大野万紀推奨ということもあり読んでみる。94年高校生でデビューし、小松左京、笹本祐一を師と仰ぐ作家。60年代生まれの世代までは、まあ“ちょっと”若いぐらいといえなくもないが、70年代以降の“かなり”若い世代に属する。01年SF新人賞の、吉川良太郎と同世代になる(ちなみに、02年の新人賞作家は60年代)。
 太平洋を渡る大型船舶が、何ものかに襲われ沈められる。主人公たちは、民間会社の深海探査艇パイロットである。探査艇の目的は、深海に眠るメタンハイドレート層の調査。しかし、海に潜んでいたのは、資源だけではなかった。謎の物体は、重武装の軍艦にまで襲いかかってくる。探査艇チームにも、その正体を暴く任務が課せられたが…。
 海洋冒険もののオーソドックスなスタイル(未知の現象による船舶の事故)、詳細な描写(メタンハイドレートから深海の様子、船舶のスペックまで)、結末の壮大なSF的説明(本書の表題の意味)が見どころか。ヤングアダルト系ハードSF作家(といっても数は少ない)に共通して見られる特徴といえる。オーソドックスとはいえ、いまどきの作品の中では新鮮に見えるのだから、狙い目として正しいだろう。後半の盛り上げに比べると、最後の説明はやや走りすぎか。
 
bullet 著者のHP
bullet 大野万紀の小川一水レビュー
bullet メタンハイドレートの説明HP
 

2002/9/22

コニー・ウィリス『航路』(ソニーマガジンズ)
Passage,2001 大森望訳
装画:本村加代子、装幀:大久保伸子
 

 10月発売予定のコニー・ウィリス渾身の大作。発売前の本を読む経緯は大森日記の8月30日参照。2000枚、サラリーマン的通勤読書時間換算で1週間(約11時間強)を要する。後になるほど加速可能。
 たとえばスティーヴンスンのように、物語のどこが幹でどこが枝かすら定かでない作家から比べると、大作とはいえウィリスの作品は極めてシンプルである。あらすじ=物語全体でもある。しかし、その重層感(何重にも塗り固められた緊密なストーリー)は、単純な梗概ではなかなか伝え難い。
 認知心理学者の主人公(女性)は、とかく神秘主義に陥りがちな臨死体験(瀕死の状態から生還した患者の多くは、共通した体験=風景の記憶を持っている。それを臨死体験:NDEと称する)に、科学的な意味付けをしようと、体験者のインタビューを続けている。偶然、脳内の活動を画像解析する装置(RIPT)で、NDEをシミュレーションする神経内科医と知り合い、ついには自身を実験台とする…。
 ここから、

  第1の謎:NDEでかいま見える風景は、「あるところ」だった。
  第2の謎:「あるところ」は、なぜか多くのNDEに共通した風景だった。
  第3の謎:その風景が選ばれる理由は、生命の「ある作用」との暗合からだった。

 それぞれの謎の解明が、第1部から第3部までの流れとなる。そもそも『航路』という題名自体が「謎」そのもの。本書は、マシスン『奇蹟の輝き』のような神秘的なお話ではない。NDEで現出される世界は、幻覚とも現実とも明示されない境界線上にある。その一方、謎の解明が科学ではなく、文学的天啓による点が、作者一流の皮肉とも読めて面白い。さらに、第3部の直前では、こういう設定だからこそ許される大転回が描かれる(こんな調子なので、ネタバレ抜きの紹介が書けません)。第3部は、冒頭で明らかにされた「ある作用の謎」が再発見される倒叙型展開(刑事コロンボのように、犯人が分かっていて、証拠を見つけるドラマ)。ここがクライマックス部分でもある。
 登場人物は、概ねコミカルで常識はずれ(映画的で分かりやすい性格付け)。いつものウィリス調だが、物語に余計な緊張が生じず楽しめる。人の死に密接に関連する臨死体験は、死に対する恐怖や悲しみが伴うがゆえに、過度に美化されたり神秘化される。ウィリスの解釈はそのどれとも異なるけれど、死/生への尊厳という意味では共通かもしれない。
 
bullet 著者の情報のあるHP
最新の情報ではないが、著者の近影なども見られる。著作リストはこちら
bullet 『わが愛しき娘たちよ』、『リンカーンの夢』評者のコメント
bullet 『ドゥームズデイ・ブック』評者のレビュー
bullet 『リメイク』評者のレビュー
bullet 訳者による『航路』紹介サイト
 

2002/9/29

筒井康隆『自選短編集3 日本以外全部沈没』(徳間書店)

カバーデザイン:岩郷重力+WONDER WORKZ。
 

 自選傑作選の3巻目。パロディ編とあるが、具体的な原作に対するパロディは少なく、短歌やジャズなど形式自体を対象にした、実験的なものが多く含まれている。収録作(発表年)と、最初に収められた単行本との関係は以下のとおり。
  1. 火星のツァラトゥストラ(1966) 『ベトナム観光公社』(1967)
  2. 日本以外全部沈没(1973) 『農協月に行く』(1973)
  3. ケンタウルスの殺人(1964) 『あるいは酒でいっぱいの海』(1977)
  4. 小説「私小説」(1968) 『ホンキイ・トンク』(1969)
  5. ホルモン(1972) 『農協月に行く』(1973)
  6. フル・ネルソン(1969) 『馬は土曜に蒼ざめる』(1970)
  7. モダン・シュニッツラー(1974) 『ウィークエンド・シャッフル』(1974)
  8. デマ(1973) 『デマ』(1974)
  9. バブリング創世記(1976) 『バブリング創世記』(1978)
  10. 裏小倉(1977) 『バブリング創世記』(1978)
  11. 諸家寸話(1985) 『原始人』(1987)
  12. 読者罵倒(1985) 『原始人』(1987)
  13. 筒井康隆のつくり方(1985) 『原始人』(1987)

  ツァラトゥストラブームからヒントを得た「火星の―」や、『日本沈没』ブームに由来する「日本以外―」は、一見その作品に関係するかのように見えるが、中身はまったく異なっている。注目すべきは、小倉百人一首のパロディ「裏小倉」が、解釈や意味よりも、短歌の発音を巧妙に別の音に置換したものである点。ポイントは、言葉自身の持つ“音楽”(リズム)になるだろう。無意味な会話の連続「フル・ネルソン」、人の名前の連鎖「バブリング創世記」、さらに「読者罵倒」も、声に出して読み上げれば“音”の緻密さを再認識できるはずだ。 お話でも、風刺でもない独特の世界を知ることができる。

bullet 小倉百人一首一覧のHP
ネット上に無数にあるうちのひとつ。「裏小倉」を読む際に必要。
bullet 『怪物たちの夜』評者のレビュー
bullet 『近所迷惑』評者のレビュー
 

スティーヴン・キング『トム・ゴードンに恋した少女』(新潮社)
The Girl Who Loved Tom Gordon,1999 池田真紀子訳
装画:木内達朗、装幀:新潮社装幀室
 

 キングの作品にしては、短く簡潔にまとめられている。登場人物も、事実上1人。離婚した母に、兄(母と仲が悪い)とともに育てられている9歳の少女が、 アメリカ東部のアパラチア自然遊歩道で道に迷い、深い森の奥で、レッドソックスのリリーフ投手トム・ゴードンのラジオ中継を頼りに生き抜く9日間の物語。森といっても、アメリカの森は広大。実は本書の舞台となるアパラチアの森は、アメリカでも最大の原生林なのである。
 遊歩道に戻れなくなった少女は、食料や水が尽きてくるにしたがって、何ものかの存在を感じるようになる。それは、彼女を監視し、どこまでも追跡してくる。さまざまな幻覚 =死の象徴も見える。けれど、純白のユニフォームを着たトム・ゴードンが現れ、アドバイスを与えてくれる。トムは、超自然の力にも対抗できるだけのパワーを授けてくれるのである。
 ある意味で、見え見えの教訓話のように思えるが、読んでいる間はそうと感じさせない。現代的な悩みを抱える軟弱な少女が、自然に潜む邪悪な存在に勝ってしまうところが痛快。
 
bullet アパラチアン・トレイルの情報があるHP
舞台はこの北端、ニューハンプシャー(地図のNH)州からカナダ国境に至る付近。
bullet 『アトランティスのこころ』評者のレビュー
 

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