2002/7/7

アーシュラ・K・ル・グィン『言の葉の樹』(早川書房)
The Telling, 2000 小尾芙佐訳
カバーイラスト:小阪淳、カバーデザイン:ハヤカワ・デザイン
 

 5年ぶりの長編翻訳。ハイニッシュ・ユニヴァースもの (人類が宇宙に拡散し、独自の文化で再興した遠い未来。変貌した惑星文明は、やがて緩やかな宇宙連合体エクーメンにより再発見される)という意味では、『遙かなる地平1』に中篇が収録されているので、2年ぶりになる。
 古くからの文明が育まれていた惑星アカに高度な産業技術が届けられ、過去の文化全てを廃棄する運動が巻き起こる。文学、文字、叙事詩、あらゆる書物は焚書されて、新しい宇宙文明の言葉に置き換えられる。そんな時代が2世代余り経たあと、エクーメンからの若い使節である主人公がたどる、失われた言葉を探索する旅の物語。
 どんな文明でも、歴史の中に“文化大革命”を経験している。ひとたび革命が起こると、過去の文化は、因習(腐敗/既得権)の産物と断罪され棄て去られる。わが国で言えば、明治維新は廃仏毀釈という莫大な文化破壊を引き起こしたのだが、後になると、何が失われたのかさえ分からなくなってしまう。
 さて、本書の視点は、下記にある『オールウェイズ・カミングホーム』と同様のものだろう。失われつつある文明に残された物語の“言葉”を、1つ1つ採取していくお話であるからだ。ただし、物語では、もう少し積極的な関与が描かれている。
 本書は、善(過去)と悪(現代)との色分けを、単純に意図したものではない。とはいえ、安易な説明で革命の真相を見せてしまうなど、ル・グィンにしてはやや残念な内容。

bullet 『オールウェイズ・カミングホーム』評者のレビュー
bullet 『内海の漁師』評者のレビュー
bullet 『遙かなる地平1』の評者のレビュー
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2002/7/14

坂本康宏『歩兵型戦闘車両ダブルオー』(徳間書店)

装丁:内藤裕之
 

 第3回日本SF新人賞、佳作入選作。受賞作『マーブル騒動記』については、下記でも触れている。
 リストラされた体育会系サラリーマン、事故の責任を取らされ失業中の建設作業員、ゲームに抜群の才能を見せるおたくフリーター、そんな3人にある日不思議な求人依頼が舞い込む。山林の奥、掘立て小屋に眠る、「環境庁」所属の合体ロボットの操縦者となる仕事だった。しかも、自衛隊でも歯が立たない、未知の怪物(複数)との戦いが控えていた。
 役人根性丸出しの登場人物、ローカル都市に出現する怪物、「環境庁」戦闘ロボットという可笑しさ――しかし、お話は古典的定石に則った盛り上げで進み、ついには逆境に耐え使命感に燃える本物のヒーローになってしまう。パロディというより、SFアニメのノリか。読んでいると、そのままアニメのシーンが浮かび上がってくるのが良し悪し。ただ、それは作者も承知の上なので、読者も了解した上で楽しむべきものだろう。

bullet 『SF JAPAN Vol.04(2002年春季号)』評者のレビュー
bullet 著者の公式サイト
 
柾悟郎『シャドウ・オーキッド』(コアマガジン)

装画:ひろき真冬、装丁:おおぐちしゅういち
 

 本書は、ミリオン出版の雑誌「DEEP」(1993-94)に連載された著者の第2長編(といっても長中篇クラスの300枚)で、今回はじめて単行本化されたものである。同誌は「JUNE」(1982-)に始まる、少年愛・耽美・やおい系雑誌の中ではマニアックな部類に入るという。そもそも、耽美小説は70年代からアングラで始まり、80年代後半には商業化されオープンになった。この小説も、時期的には、初期耽美系の雰囲気を残している(専門外のため、詳しくは知りません)。
 海冥学園中高等部、それは絶海の孤島に作られた全寮制の私学である。世間で問題を起こした少年たちが送られ、善良に調教されて帰ってくると噂されている。そこに、一人の少年が送り込まれる。彼は、男だけしかいないはずの学園に君臨する、美貌の女生徒会長と謎の黒幕の存在を知るが…。
 さて本書で描かれるのは、懲罰としての肉体改造、完全監視下の牢獄学園、絶対者による支配と奴隷的服従等である。 少年同士の関係も含め、耽美小説の要件は十分備えている。著者も言及しているように、肉体改造は『家畜人ヤプー』を思わせるが、極めて(感覚的で)肉体/有機的な雰囲気を持つ『ヤプー』に比べ、より合理的な説明をつけている点が 、SF作家柾悟郎の特徴といえる。とはいえ、結末はノーマルすぎるかもしれない。
 ちなみに、オーキッド=蘭は、性器を象徴する言葉。

bullet 『ヴィーナス・シティ』評者のコメント
bullet DEEP収録作品リスト
bullet やおいに関する研究論文(富山大学 山根千尋)  
bullet 『オルガス・マシン』評者のレビュー

2002/7/21

筒井康隆『自選短編集2 怪物たちの夜』(徳間書店)

カバーデザイン:岩郷重力+WONDER WORKZ。
 

 このシリーズはテーマ別ではあるが、読んでいく上での違和感が生じないように、作品の時期や並びまで配慮されている。初めての読者や、未読作品を整理したい人には好適といえる。
 今回はショート・ショート集。著者のショート・ショートは多くない。本書も、前巻と同様、初期の時代(1960年から76年ごろ)の作品が中心となっている。
 全62編、家族ファンジンNULL(今で言う個人誌だが、活版刷、表紙はビニル貼で、1冊出すのに給与の大半を費やすほど豪華なものだった)に発表した作品が12編で、もっとも多い。時期的には60年から62年、著者の事実上の原点に位置する。内容も奇想SFの極みといってよいだろう (たとえば「衛星一号」とか「到着」)。本書のアイデアは、今日の関西若手ホラー作家の発想とも共通するように思える (たとえば「池猫」は、田中啓文の『水霊ミズチ』)。NULL以降、科学朝日、団地ジャーナル等が主な発表媒体で、66年より後のものは、短編の代わりに2、3編まとめて掲載されたものが多くなる。ショート・ショートが目新しかった時代は、70年あたりで終わっているからだ。実際、本書を読んでも、短編との違いがあまり大きく感じられないものが多い。著者にとって、その移行はシームレスなものだった。
 最近作にショート・ショートはほとんど見られない。そのアイデアは『天狗の落し文』に、断片として凝集されている。

bullet 『近所迷惑』評者のレビュー
bullet 『天狗の落し文』評者のレビュー

2002/7/28

ラムゼイ・キャンベル『無名恐怖』(アーティストハウス)
The Nameless,1981 鈴木玲子訳
装丁:北澤敏彦、Cover Photo: (c)Filmmax International
 

 5月に出た本。各地のファンタスティック映画祭で軒並み受賞した佳作、『ネイムレス 無名恐怖』(1999)の原作。日本での公開は7月末から1ヶ月程度、ビデオレンタルは9月から。海外、特に英国では絶大な人気を誇るラムゼイ・キャンベルも、わが国ではほとんど無名である(単に紹介が遅れている 云々ではなく、読み手の嗜好の違いだろうが)。無名作家は、手がかりを得ようにも(ネットで検索しようとしても)、ほとんど情報が取れず、正体不明のまま――というような、無名性の持つ闇の恐怖を描き出したのが本書。
 主人公の娘が、何者かに拉致され殺される。主人公はその事実が信じられないまま、9年が過ぎた。ところが、ある日その娘から電話がかかってくる。娘は、カルト教団に誘拐され育てられたらしい。彼らの目的は何か、なぜ今になって知らせてきたのか。そして、その教団には「名前」がなかった。
 本書の主体は、女主人公の心理描写にある。娘を失った罪悪感、成功を収めた出版エージェントの仕事を投げ打ち、しだいに狂気を帯びる探索行は圧巻。反面、スーパーナチュラルな描写は控えめで、冒頭の伏線が結末ぎりぎりで使われるなど、現代ホラーとしてはやや大人しい。

bullet 映画『ネイムレス 無名恐怖』紹介サイト
bullet 著者の公式サイト

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