2001/7/1

中井紀夫『モザイク I、II』(徳間書店)
 中井紀夫のデュアル文庫書き下ろし新作。今回はシリーズものになっており、2ヶ月連続の刊行だが、まだ完結してはいない。
 舞台はモザイク地震により、壊滅しつつある東京。無法地帯東京で、自由に生きようとする少年たちと、オウム風宗教団体との戦い――という展開。
 本書では、中井が「能無しワニ」シリーズで見せたような、飄々とした登場人物を見ることができる。深刻ぶらずに、軽々と人生を生きているところがよい。
 標題のモザイクは、局地的なモザイク状地震のこと。阪神大震災をイメージしているのだろう。地震や災害は、通常、面的な広がりを持っている。人間の視野の範囲で、その様相に変化がうかがえることは少ない。けれども、阪神大震災の場合は、道路を隔てただけで町の様子が一変している。何事もない(ように見える)町と、倒壊した町が隣接し、対照的に見渡せるのである。(実際は、倒壊を免れた家も、倒れていないだけで、ダメージを被ってはいるのだが)。この風景は、およそ想像を越えた非日常の光景である。しかも、その中で人々の生活は続いている。傾いたビル横を、平気で住人は通勤する。何に似ているかといえば、内戦で爆撃を受けた中東の都市だ。ただ、本書の描写を読むだけでは、なかなかそのような有様が思い描けない。単に、瓦礫中に、生き残った町が点在するという、類型(戦災焼跡)的な想像しか出来ないのが残念。

bullet「能無しワニ・シリーズ」評者のレビュー
bullet『漂着神都市』評者のレビュー
bullet阪神大震災の日々(評者日記)
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ILLUSTRATION:はやみ あきら,COVER DESIGN:今福健司ILLUSTRATION:はやみ あきら,COVER DESIGN:今福健司
カバーデザイン:ランドリーグラフィックス,金台康春 チャールズ・グラント『ブラック・オーク』(祥伝社)
 いまや「Xファイル」作家と見なされているグラントの、98年から始まった新シリーズ。ノベライゼーションではないが、テレビドラマの制約が厳しい原作ものとは違って、グラント流の個性が際立つ内容。
 田舎町の女性からの依頼文が、「ブラック・オーク探偵事務所」に届く。まるで西部劇そのままの表通り、しかし、郊外の牧場に移り住んだ何者かに、町は乗っ取られようとしていた…。
 グラントの場合は、どちらかといえば英国伝統ホラーの“正体不明の怪”、というパターンが多いように思える。本書も同様、闇に飛ぶ翼はあくまで“怪奇”に推移する。ホラーに明快な解決を求める人はあまりいないだろうが、答えは明かされままである。
 シリーズの2作目から翻訳されるという変則スタイル。3作目は最高傑作らしいが、このまま翻訳が続くかどうかも不明。

bullet『ティー・パーティー』の評者レビュー
(あまり好意的ではない)
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2001/7/8

榛村重人『ヒポクラテスの孤島』(文芸社)
 文芸社は、主に持ち込み原稿や自費出版などで、月に十数冊の新刊を出している。本書もそんな1冊なのだが、著者から直接のレビュー依頼を受けたものだ。大学病院に勤める現役の医師が書いた処女長編である。
 21世紀中庸、オホーツクに浮かぶ孤島。主人公は何人かの“囚人”たちとともに、その島に連行される。そこで聞かされたのは、彼らがキャリア支配で行き詰まった日本を建て直す選抜者なのだ、という意外な言葉だった。しかし、真実はまったく別にあった…。
 独裁者たるキャリアと、ノン・キャリアには厳然たる差別がある。それは暗黙のもので、一般市民には明らかにされない。彼らは、文字通りノン・キャリアに対する生殺与奪権を有している。
 この設定は『バトル・ロワイアル』を思わせる。典型的なデストピア小説ともいえる。島の秘密は、冒頭近くですぐに明らかになる。物語は、主人公と純情なカウンセラー女性との恋愛関係を軸に、島からの脱出行を描く。ただ、本書の意図が移植医療に対する警鐘であるとするなら、ストーリーとメッセージとの焦点がまだあっていない。現在の延長線で、このようなデストピアがなぜ生じるのか、今日の問題点と世界にどういう繋がりがあるのかを(お話として)明快に語らなければ、読み手に対する説得力が得られないからだ。医師ならではの正確な手術シーンや、豊富な専門用語など、SFの読み手向きの道具立ては備えている。できれば、別の視点から語りなおしてもらいたい。

bullet『バトル・ロワイアル』の評者レビュー
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bullet注:デストピア小説とは、現在の“暗黒面”がそのまま未来に誇張/拡張された小説。誰が見てもユートピアではない世界が描かれる。対してアンチ・ユートピア小説とは、ユートピアを目指した社会が、結果として逆の結果を生むというもの。ハックスリー『すばらしい新世界』など。今では、混同して使われることが多い

カバーデザイン:國末千加
カバーイラスト:小菅久美、カバーデザイン:ハヤカワ・デザイン パット・マーフィー『ノービットの冒険』(早川書房)
 トールキンの古典『ホビットの冒険』(1951)の宇宙版。小惑星帯に住むノービット族の主人公のところに、ある日クローンの一族が来訪、彼が拾ったメッセージ・ポッドの情報に、未知の宇宙への鍵が記されているのだという。かくして、彼をも巻き込んだ冒険の旅が始まる…。
 元祖『ホビット』は、北欧神話をないまぜにした“家父長的”なものだったが、本書に登場する主な人物は大半が女性である。単なるパロディではなく、エピソードの一部がまったく違うものと置き換えられている。そもそも、『ホビット』自体が、単なる御伽噺ではなく、戦闘シーンなどに、第2次世界大戦の影(ロンドン空襲等)が見られ、古い価値観を色濃く漂わせた内容だった。本書にはそのような意味でのわだかまりはなく、もっと現代的で素直な物語を楽しむことができる。誰が読んでも違和感はないだろう。

bullet著者のHP
bullet(岩波版『ホビットの冒険』)
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2001/7/15

イアン・ワトスン『オルガスマシン』(コアマガジン)
 本国(英国)では売れず、フランスのみの出版、『A.I.』がなければ、おそらく刊行されなかった本。熱狂的なワトスンファンである編集者の熱意で翻訳され、一部での人気は高いが、これも極めてローカルな現象かもしれない。
 いつか知れない未来、そこでは女性は人間ではない。男に奉仕するだけでなく、男の嗜好に合わせて肉体改造され、消耗品として扱われている。そんな世界で、大きな青い眼をもつ“人形”として制作された、「カスタムメード・ガール」ジェイドのたどる、隷属と反抗の数奇な運命。
 という連想で、沼正三の『家畜人ヤプー』が出てくるのは当然か。ヤプーは、日本人が白人の奴隷と化し、さらに男が女の玩具と化すという、階層化されたマゾヒズム世界が描かれる。これが実は、日本人の持つ近代西欧文明に対するコンプレックスを、重層化し、裏返した内容だった。しかし、ヤプーの価値は思想性にあるのではない。奇怪な改造人間たちの姿かたち世界のありさまなど、想像力の奔放さにあった。同様に、『オルガスマシン』の未来でも、獣や鳥に、矮人に、性の自動販売機にと、女たちの変貌が過剰に描写される。
 ただし、本書の世界は裏返しではなく、ストレートなのである。デストピア社会の成り立ちなどが、ほとんど書かれていないのに、妙な整合性を感じるのは、これが今日の男性主義社会を、そのままデフォルメしているからだろう。

bullet 著者の公式サイト
bullet『スーパートイズ』評者のレビュー
bullet (幻冬舎版『家畜人ヤプー』)
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カバー(人形制作):荒木元太郎

2001/7/22

装幀:芦澤泰偉,野津明子 平谷美樹『運河の果て』(角川春樹事務所)
 小松左京賞受賞後初の長編。
 29世紀、今から1千年近く未来の太陽系。テラフォーミングが進んだ火星は、運河に水が流れ、呼吸可能な大気のもと、60億もの人々が住む緑の沃野だった。物語は、英国風の風習を遷した火星運河の旅と、反政府活動で揺れる外惑星帯の自治政府を巡って展開される。無関係に思えたこの2つの流れは、火星考古学上の重大な発見により1つの結末に収斂していく。
 表面的には、本書にファンタジイの色合いは見られない。近年出された火星ものの多くと同様、ハードSF面、政治小説面が顕著にあらわれている。そういった類似性を議論するなら、『レッド・マーズ』、『クリスタル・サイレンス』あたりとの対比が適切かも知れない。しかし、本書のユニークさは、SF作品で描かれた、ファンタジイとしての火星像が反映されている点だろう(ファンタジイとSFとの融合は、作者の根源的テーマでもある)。中でも、ジョン・ヴァーリーの作品が連想できる(たとえば、『残像』収録の諸作)。性の選択が(親ではなく)本人の自由意志に任された未来社会とか、火星に生きる原生生命のおもちゃ箱のような不思議さは、十分ヴァーリー的といえる。そしてもちろん、ブラッドベリがある。火星の運河を旅する「百万年ピクニック」(『火星年代記』の終章)は、アメリカ中西部を火星に置き換えたブラッドベリに対する、ある種のオマージュと読めるからだ。
 ただ、ファンタジイと政治小説との整合性については、まだ疑問が残る。実のところ、2つのエピソードは、有機的に結合せずに終わってしまうのである。理想には、まだ一歩及ばずか。

bullet『エンデュミオン・エンデュミオン』評者のレビュー
bullet『エリ・エリ』評者のレビュー
bullet『レッド・マーズ』評者のレビュー
bullet『クリスタル・サイレンス』評者のレビュー
bullet地元新聞(岩手日報社)での作者紹介記事(このページで平谷美樹を検索)
bullet(早川版『残像』)(早川版『火星年代記』)
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2001/7/29

京極夏彦『ルー=ガルー』(徳間書店)
 21世紀半ばの日本、社会はますます“個”に閉じこもるようになり、人と人との接触は最小限に限定されるようになっている。学校もまた、週1度のコミュニケーション研修が行われるだけで、在宅学習が基本とされていた。そこで、児童(この社会では、未成年者は「児童」と総称される)連続殺人事件が発生する。主人公たちは、14歳から15歳の少女たち。彼らは表立った友人関係にはなかったが、事件をきっかけにお互いに結びついていく。関係の薄いはずの彼らが、なぜ連続して殺されるのか、その動機はどこにあるのか。
 書き下ろしとしては3年ぶりの長編。ただし、評者はあまり熱心な京極夏彦の読者ではないから、本書も近未来殺人ミステリとして評価する(この類は最近多い)。実のところ、本書のスタイルは、きわめてトラディショナルといえる。理不尽な状況に追い込まれた主人公たち(一見ばらばらで弱そうだが、実は強い)が、巨大な体制側の隠された悪を暴く(破壊する)のである。本書で特徴的なのは、(98年当時に)アニメージュ読者との双方向のディスカッションから取り入れられた、社会体制のディティールにある。個人が個に分断され、端末で管理される一方、民営警察機構があったり、病的な潔癖症から接触を極端に嫌う人々など、可能性としてのリアリティよりも、細部そのものが面白いといえる。設定の詳細さに比較すると、少女たちのキャラや、「悪」の側の真相が類型的でありすぎるのが難点かもしれない。

bullet著者の公式サイト
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イラスト:Masayuki Ogisu,ブックデザイン:祖父江慎+coz-fish

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