2001/4/1

ジョアナ・ラス『テクスチュアル・ハラスメント』(インスクリプト)
 ラスの長編評論と、小谷真理の評論を収める。ラスについては、ずいぶん前(1981年)にレビューを書いたことがある。当時の自分のレビューを読むと、本書でラスが主張する現実の一面を、読み取れそうで、実はあまりよく読めていないもどかしさが感じられる。本書は83年に刊行されているので、『フィメール・マン』(原書:1975)が翻訳された前後の時代(そして現在まで)をよく物語っている。
 19世紀以降、世に出た小説、詩作の凡そ半数は女性作家のものだった。けれども、その中で評価を受け、歴史に残った“傑作”の90%強は男性作家の作品ばかり。わずかな例外も疑念の眼差しで見られる。
 たとえば、
  1. この作品は実は彼女の作品ではない、夫か師匠かの代作だ。
  2. この作品には政治的、性的、フェミニスト的に受け入れがたい極端な偏向が見られる。
  3. 書かれているのは、つまらない家庭的な事柄ばかりだ。
    (大局的、世界的、戦闘的でない。男性的ではないため、つまらない)
  4. 単なる一発屋だ。
  5. 主流文学からは程遠い。
  6. (夫か弟かに)手伝ってもらったから、よかっただけだ。
  7. 単なる女流作家ではない。
  8. 確かに書いたことは認めよう、しかし…。

と、さまざまに理由付けられる。これらのベースにあるのは、社会的価値観の相違である。日ごろ我々の意識に上らないし、誰かに指摘されるまで気が付くことさえない。このようなギャップは、国や民族、宗教、時代において顕著にあらわれる。そして、もっとも身近な男女間は、(日常化されているために)さらに闇に埋もれる。そういう意味で、本書のような具体的な例示を受けることは、SF者としても価値がある。何といっても、男性的価値観が主流を占めるSFで、女性の割合は、50%をはるかに下回る。「オルタカルチャー」裁判の背景を知ることもできる。

bullet『フィメール・マン』評者のレビュー

 

装幀:間村俊一,カバー写真:港千尋

2001/4/8 

装画:中山尚子,装幀:新潮社装幀室 北村薫『リセット』(新潮社)
 『スキップ』、『ターン』と続いた《時と人》3部作の完結編。時間を触媒とした、純愛の物語といったところ。
 物語には2人の主人公がいる。1人は戦時中の芦屋(阪神間の高級住宅街)に住む少女であり、もう1人は自らの体験を語る現代の中年男性である。
 少女は上流階級が通う女学校の学生だったが、戦争の敗色が濃くなると、彼女らにも軍需工場での勤労奉仕が課せられる。工場には、友人の紹介で出会った、男の子もいた。彼女は、ほのかな恋を抱く。しかし、そこは爆撃の標的でもあった。
 戦争で死んだ男の子の恋は、別の子供の心に宿り、事故で死んだ女性の恋は、また別の心に移っていく…。そのような思いの転生輪廻がテーマとなっている。もちろん、アイデア、設定=テーマではないのはこれまでの作品と同様。作者の書きたい“時空を越えた恋”を表現する手段なので、その点を誤解せずに読みさえすれば、コアなSFファンであったとしても、すんなり楽しめるお話だろう。

bullet『スキップ』評者のレビュー
bullet『ターン』評者のレビュー

ブライアン・オールディス『スーパートイズ』(竹書房)
 ブライアン・オールディスが原作で、イアン・ワトスンが脚本と聞くと、それだけでなんだか冗談のように思えてくる。監督がスタンリー・キューブリックとなれば尚更だ。とはいえ、この企画が実現するまでに、ほぼ25年が費やされた。最後にはオールディスとキューブリックは仲違いし、映画化は挫折したかに見えた。詳細な状況は、本書のあとがきにも詳しく記されている。結局、キューブリックは亡くなり、権利はスピルバーグに引き継がれる。製作も再開され、2000年にクランクイン、公開は今年の6月30日。映画『A.I.』はそのようにして出来上がった。
 「スーパートイズ いつまでも続く夏」(1969)は、年齢を5歳に固定され、自身をロボットと認識しないロボット(映画では11歳に変更されている)の物語である。
 これ自体は、単に子供特有の葛藤(自分は親から愛されていない、あるいは自分は親の子供ではない)と同様に見える。しかしながら、オールディスが問いかけるのは、「主人公が機械であることの意味、人間がどれだけ機械であるかの疑問」なのであり、ふだん我々が薄々感じるテクノロジイ社会での人間の焦燥感に踏み込むものだ(だからこそ、SFなのである)。
 原作「スーパートイズ」を含めた本書は、300ページに21編を収める(ほとんどショート・ショート集といってもいいくらいの)短編集である。オールディスの短編の特徴は、装飾のない文章、同じく虚飾を廃した構成、寓意を込めた結末、イギリス的な諧謔とでもなるだろうか。今日のサービス過剰小説を読みなれてしまうと、全体的にもの足りなく思えるかもしれない。オールディスをこれから読もうというのであれば、本書よりも、『地球の長い午後』(早川書房)や『グレイベアド』(東京創元社)といった長編をお勧めする。

bulletSF-OnlineのApril Fool記事(1999/3/29号)
bullet映画『A.I.』の公式HP(公式サイト日本サイト)
bulletイアン・ワトスン『存在の書』評者のレビュー
bulletオールディス『マラキア・タペストリ』評者のレビュー
装丁:祖父江慎+コズフィッシュ,3D制作:水野小織

2001/4/15 

COVER ILLUSTRATION 寺田克也 『SF JAPAN 2001年春季号milleniam:02)』(徳間書店)
 SF JAPANの第3号目。現状、年2回の刊行ペースになる。今回も、SF大賞、SF新人賞の発表がメインとなる号なのだが、デュアル文庫を含めた大野編集長の施政方針を集大成したような内容で楽しく読める。何かと話題のSFマガジン塩澤編集長に対抗する意味もあるだろう(特に根拠はありませんが)。
 座談会がたくさんある。
 巽、笠井、山田「SF大賞座談会」、小松、大原、笠井、神林、小谷、山田「SF新人賞選考会」はともかくとして、
 田中、荻野目「スペースオペラ対談」、上遠野、三雲「ヤングアダルト対談」、森下、浅倉、北野、鯨、森岡「師弟対談」等はデュアル文庫のキャラクター紹介を意図したものであろうし、南山宏「SF文庫インタビュー」は、表紙に漫画家を起用するなど、まったく新しい文庫スタイルを切り開いた先駆者を担ぎ出すことで、ハヤカワSF文庫の正当な後継者は、実は徳間デュアル文庫である、と宣言しているように見える。
 一方、宮部みゆきの巻頭中篇「ジャック・イン」をはじめ、6篇が収録されているものの、小説はあまり目立たない。選考委員絶賛の新人賞作家、吉川良太郎「血の騎士 鉄の鴉」(バタイユをモチーフとしているらしい)は、残念ながら吸血鬼対ナチスというパターンの域を出ない。たしかに、作品構成や文書技術に、なるほどと思わせる完成度を感じさせはする。同じく、谷口裕貴「獣のヴィーナス」は、ジェローム・ビクスビーの短編「今日も上天気」(破滅的な超能力を有する少女)を思わせるアイデアだが、伝染する超能力という部分は斬新。SF大賞候補作にもなった藤崎慎吾「星に願いを」は、赤ん坊にダウンロードされる人工知能のお話で結構読ませる(映画『A.I.』にも連なる今風のテーマ)。あえて言うのならば、SF大賞の選評で中島梓や荒俣宏が書いたように、粒が小さく老成しているように見える点か。新人には常に破天荒さが求められる。加えて、昔からSF自体には、革新的であり続けることが求められてきたのだ。

bullet『SF JAPAN00号』評者のレビュー
bullet日本SF大賞とSF新人賞の詳細
bullet『日本SF論争史』評者のレビュー
一方の立場だけが書かれており不公平である、という指摘にはちょっとびっくり。本書の場合、その立場が“公正”でないのは冒頭から明らかである。SFの論争というのは、まだ「科学ではない」。
bullet藤崎慎吾『クリスタル・サイレンス』評者のレビュー

2001/4/22

小野不由美『黒祠の島』(光文社)
 2月に出てから、順調に版を重ねる小野不由美の新作。
 九州の沖に浮かぶ孤島「夜叉島」、そこに失踪した作家を追って一人の探偵が島を訪れる。作家の足取りは本土の渡船場で途切れ、間違いなく島に渡ったはずなのに、誰もが口を閉ざす。島には、隠然たる権力を有する旧家と、国家神道の統制を逃れた土俗の神社があった…。
 過去に起こった殺人と、繰り返される惨劇、という横溝正史風の孤島(閉ざされた田舎)、血族殺人事件。本書の場合は、『屍鬼』(1998)とは異なり、ホラーの彩りを添えた純粋なミステリである。犯人は誰か、被害者の正体は誰か、その動機は、と推理の展開もノーマル。とはいえ、前作でも気になったのだが、登場人物たちが異様に饒舌。そんなことまで言うことはないと思うようなことまで、ひたすら喋りつづける。この絶え間のない会話を楽しめるか否かが、本書の評価の分かれ目だろう。犯人の正体が二転三転し、主人公(探偵)が頼りないのも、小野不由美流の(一方の立場だけに組しない)人物描写といえるか。

bullet横溝正史の書誌HP
bullet小野不由美『屍鬼』評者のレビュー
カバー装幀:中原達治

2001/4/29 

装画:水樹和佳子,装幀:ハヤカワ・デザイン 谷甲州&水樹和佳子『果てなき蒼氓』(早川書房)
 SF絵本。物語とイラストとが対等という点が特徴になる。この趣向は、20年前に光瀬龍&萩尾望都『宇宙叙事詩』(1977-79にSFマガジン連載)でかつて試された。今回が初めてではない。とはいえ、ハードSFを絵物語にしてしまい、かつネット上でさまざまなフィードバックを受けながらお話を形成していくという、その過程はまったく新しいものだ。
 銀河の中心、ブラックホールに近く、高重力が綾なす物理的な異世界に棲む、狩人と旅人の物語。こう書くと、本書はまさしく『イーティハーサ』水樹和佳子の世界になる。水樹和佳子はファンタジイ作家のように思われるが、初期の『樹魔・伝説』を見ても、SF本流に近い感性が根底にある。谷甲州の宇宙ものとの距離自体、それほど大きくはないのである。
 末尾に収録された科学解説も、淡い色彩で書かれたイラストに違和感を与えない。調和の取れた印象を残す。

bullet水樹和佳子のHP
bullet谷甲州FC・人外協のHP

装幀:島津義晴+黒津きよ子 装幀:島津義晴+黒津きよ子
『宇宙叙事詩』オリジナル版・早川書房(1980)

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