2002/4/7

ルーディ・ラッカー『フリーウェア』(早川書房)
大森望訳 Freeware ,1997
カバー:横山えいじ
 

 前作が出たのが98年なので、4年ぶりの翻訳となる。その間、入手可能なラッカー作品はどんどん減って、長編小説では現状2冊のみ。確かに80年代(サイバーパンク)作家という印象が強いので、21世紀になってしまうと、ラッカーといえども 、もはや古いのかもしれない。とはいえ、本書に古い/新しいなどという価値観はそもそも適用できない。
 50年後の未来、知性ロボットとの戦争の副産物から生まれたモールディ(プラスチックと黴との合成生命)は、人間と共存していた。しかし、インドはバンガロールの数学者は、そのモールディを作り変える恐るべきプログラムの開発に成功する…。
 サンタクルーズやバンガロールが登場する。しかし、ちっとも視覚的ではないし(たまたま評者は、その両方を知っていますが)雰囲気もらしくない。作者の意図は、そんな形而下なところにはないのである。人物の性格描写は、総じて優柔不断で成り行きまかせ。お話は、登場人物の性格そのままに不安定 。特に後半は、取り止めがない。2053年のスラングを連発する訳文は、破天荒さの相乗効果となっている。ただ、これこそが不変のラッカーなのである。ラファティ亡き後、バカ話の系譜を継ぐ稀少な作家なのだ。 ラファティは、奇想アイデアの底にキリスト教的背景を持っていた。ラッカーも、ソフトウェア(無形の観念)をベースとする点は共通している。そもそもSFには、物理的にありえないものを現出させるという 性質(指向性)がある。ラッカーの作品は、まさにその部分を象徴するのである。

bullet 著者のHP
勤務先サンノゼ州立大学の著者HP。
bullet 大森望によるラッカーのファンサイト
bullet 『空洞地球』評者のコメント
bullet 『ラッカー奇想博覧会』評者のレビュー
bullet 『ソフトウェア』評者のレビュー
bullet 『ハッカーと蟻』評者のコメント
レビューというより、舞台の紹介のような記事。
bullet 『時空ドーナツ』評者のレビュー

2002/4/14

山岸真編『90年代SF傑作選(上下)』(早川書房)
山岸真他訳 日本版オリジナルアンソロジー
カバー:岩郷重力+WONDER WORKZ。
 

 小川隆との共編だった『80年代SF傑作選』の姉妹編であると同時に、『20世紀SF(1990年代)』を補完する内容ともなっている。終わって間もない時代でもあり、先の『20世紀SF』と併せて3冊での英語圏SF概観が、妥当なところなのかもしれない。全22編の詳細は下記のリストを参照。上巻は主に Interzone(英)、オーストラリア、カナダなど、下巻は Asimov's と F&SF といった、米国の伝統的な雑誌中心に編まれていることが分かる。雑誌の役割は、英米でも着実に低下しており(部数の漸減)、これらだけでSFを語れる状況ではないが、伝統的であるが故に、新人作家の登竜門としての役割は果たしている。
 スターリングがエッセイ「サイバーパンク終結宣言」で述べたように、サイバーパンク・ムーヴメントの高揚感は作品そのものを盛り上げた。90年代になって、その遺産はさまざまに育ってきている。本アンソロジイで、雰囲気は掴めるだろう。テーマ的には「宇宙(論)とナノテク(バイオ)」か。サイバーパンクで目立った電脳空間ものは少なくなった。中では、テッド・チャンが見せるアルジャーノン的超天才の運命(「理解」)や、イーガンの数学公理宇宙の発想(「ルミナス」)が、見えないものを見せる魅力に満ちていてユニーク。それ以外でも、シモンズ、ブリン、マクドナルドらは、実力どおりの作品が掲載されている。まあ、その分他の作家がちょっと冴えない。
 疑問なのは、本アンソロジイのトリにあたるナンシー・クレス「ダンシング・オン・エア」が、ベアの「姉妹たち」(1988)と本質的に同じテーマの作品ということである。確かに問題意識に満ちていて読ませるものの、90年代を象徴するには弱い。

bullet 編者のプロフィール
信じないように。
bullet 『80年代SF傑作選』評者のコメント
bullet 『20世紀SF』評者のレビュー
bullet 『90年代SF傑作選』リスト
(excel形式でリストアップしたものです。MSエクスプローラで表示が崩れるときは、F11キーを2回連続して押してみるか、フォントサイズを変えてみてください)

2002/4/21

平谷美樹『レスレクティオ』(角川春樹事務所)

カバーデザイン:芦澤泰偉+三浦佳織、カバーオブジェ:三浦均、カバー写真撮影:二塚一徹
 

 第1回小松左京賞の受賞作『エリ・エリ』の続編。解決されなかった多くの謎に、決着をつけたという点で注目に値する。何といっても“神の探求”をテーマとした作品なのである。
 巨大な人工天体「サジタリウスACB」の出発点をたどる旅に出た主人公の榊は、ブラックホールを経て遙かな未来、未知の空間に転移する。そこは純粋情報にまで進化したイッキスィア文明と、野蛮な征服者ウォダとがせめぎあう殺伐とした世界だった。けれども、彼はかつての同僚だったクレメンタインと、カズミたちの存在を感じ取る。彼らはなぜここにいるのか、何のために生きているのか…。
 聖書は人類史上最大のファンタジイでもある。最近、聖書からの引用を多用する作品が多い。小林泰三『ΑΩ』、田中啓文『ベルゼブブ』などが代表的であるが、本書の内容はまさに黙示録的な聖書そのものと言っていい。そこに、転生輪廻と争いを希求する生物の業をからめ、半村良『妖星伝』並みのスケールを見せてくれる。
 同時に、本書は、これまでの諸作中、もっとも光瀬龍作品に近い構造を持っている。光瀬は、悠久の時間を描きながら、視点を常に“人間”に向けてきた。作品の多くが、歴史や国家自体をテーマとしていない点を見ても分かる。本書でも、神は文明(全体)の側にはなく、常に主人公(個)の葛藤の中に存在するのである。
 本書の結末で、舞台となる宇宙の謎は大半が説明される。しかし、“神の探求”についてはどうなのか。現に、愛すべきものの死を説明できる“神の概念”など存在しない。神は在るのか、ないのか。
 その答えとして、作者が物語を書くきっかけになった、2行の言葉が記されている。

 (死を見取った)わたしはいきつづける。
 (死んでいった)あなたもいきつづける。

bullet 『エンデュミオン、エンデュミオン』評者のレビュー
bullet 『エリ・エリ』評者のレビュー
bullet 『運河の果て』評者のレビュー

2002/4/28

バリー・ヒューガート『鳥姫伝』(早川書房)

カバーイラスト:小菅久美、カバーデザイン:ハヤカワデザイン
 

 1985年の世界幻想文学大賞受賞作(ホールドストック『ミサゴの森』と同時受賞)。
 どこにもない架空の中国の物語。主人公の少年が住む田舎村で、子供たちが蠱毒のために意識不明の重体となる。何とか探し出した老賢者は、一見飲んだくれ。しかし、とある事情で隠遁しているだけで、国でもトップクラス頭脳の持ち主なのだ。子供を救えるのは、暴君が所有する漢方薬「大力参」だけ。老賢者と少年の行く手には、奇奇怪怪な迷宮と罠、欲と業とに取り憑かれた人物たちが次から次へと現れる…。
 漢字効果(人物名、固有名詞)のため、かろうじて中国ものの雰囲気を残しているけれど、お話そのものは魔法使いと邪悪な魔物という、アメリカン(ユーモア)ファンタジイのスタイルそのまま。老賢者の警句めいた謎のセリフもお約束の範疇。とはいえ、それで本書の価値が下がるわけではない。
 恐妻家、吝嗇家、金の亡者である秦の王(唐の時代なのに、なぜか秦の王)など実に面白い登場人物と、「大力参」に隠された秘密、そもそも「鳥姫」とは誰か(日本でもよく知られる、ある御伽噺に出てくる人です)を解明する探索行など、最後まで退屈しないで読める。

bullet 著者の公式HP
なぜか、googleからは正常につながりません。
bullet 世界幻想文学大賞のHP(1985)

 

野尻抱介『太陽の簒奪者』(早川書房)

Cover Direction & Design:岩郷重力+WONDER WORKZ。、Cover Illustration:撫荒武吉
 

 早川書房が「新鋭書き下ろしSFノヴェルズ」(大原まり子、神林長平、谷甲州ら)以来、19年ぶりに刊行する「Jコレクション」の1作目。当時と版形が同じで、新鋭作家を並べるスタイルも似ているものの、ただ1つ異なるのは、収録される作家の大半が、既に他の出版社を経由してデビュー済の作家ばかりという点か。とはいえ、ザウルス向けの電子出版を同時刊行するなど、新しい試みに意欲的であることは間違いない。
 野尻抱介は、ハードSFという観点で、SFコアとしてもっとも重視されるべき作家である。その証拠に、本書は「SFノヴェルズ」時代の神林長平と同じ位置に置かれている。
 同題の短編(1999)とは、しかし、印象が異なる作品に仕上げられている。原型短編「太陽の簒奪者」では、リングの崩壊後に、主人公の(放射線被爆による)死まで暗示されていた。崩壊する世界、一致団結する人類に対する、異星のとてつもないテクノロジー(太陽を隠す巨大なリング)。閉塞感が立ち込める中で、密かにコンタクトを夢見る主人公の心情と、悲壮感の漂うミッション。他でも書いたが、日本的な死の美学を感じさせる。
 本書(1冊の長編)では、視点はファースト・コンタクトに移っている。ラーマやサジタリウスACBとは異なり、フライバイするだけでなく、まさしくコンタクトする。リング崩壊後、人類は着々と防衛体制を敷き、未知のものを迎撃しようとする。一方、異星人は徹底して人類からの交信を拒絶する。いったいそこに妥協はあるのか、何が糸口となるのか。ストレートSFの究極ながら、時間SFと並んで正解がないテーマでもある。本書では、全くの理解不能存在を描くスタニスワフ・レム『天の声』(1968)を意識しながら、1つの答え(解釈)を出した点を評価する。ただし、この答えは人の心の意味にも踏み込む大問題でありながら、あっさり結論に至りすぎている。読者としては、もっと深みを覗きみたい。

bullet Jコレクションザウルス文庫版のニュースリリース
購買ターゲット層は、30代のデジタル機器好きSFファン。
bullet 短編版「太陽の簒奪者」評者の コメント
bullet 『ふわふわの泉』評者のレビュー  

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