2001/6/3

谷口裕貴『ドッグファイト』(徳間書店)
 『ペロー・ザ・キャット全仕事』と並ぶ、第2回SF新人賞受賞作。
 植民惑星ピジョン、そこは茫漠と広がる平原の惑星である。過去の確執を経て、犬を率いる遊牧民と、点在する都市の生活者とが共存している。しかし、ある日、地球から飛翔した派遣軍が、惑星全土を占領する。ここにパルチザンが立ち上がるが…。
 本書の場合、『ペロー…』にはなかった別の特徴が見出せる。たとえば、
  1. サイプランター、ゼロスケール、ジオ・アフタースケール(人類の超能力進化を意味する)、シャドウ(超絶的な敵)などなど、単語のイメージ喚起力で、テーマとなる概念を説明している点。
  2. 登場人物の演説がお話のドライブとなっている点。
  3. 人称が次々と入れ替わり、物語の視点が一定しない点(一般の長編小説でも珍しくはないが、地の文と会話の流れに一貫性が必要)。

 これらは、実のところ、ヤングアダルト系の小説でよく見られる特徴と一致している。枚数が制限されるYA小説では、くどくどした説明が印象的な単語1つで代替される例が多い(単位時間あたりの物語量に限度がある点で、アニメとも共通する)。とはいえ、本書のように800枚近い原稿量を費やす小説の場合、単語だけで物語を支えるには無理がある。断定的な演説をキーにするのも同様だ。主要な人物が、敵味方で6人(+何人か)では多すぎるので、整理したほうがよかったかもしれない。
 とはいえ、単純な占領軍に対するパルチザンの戦いだけでなく、精神に病んだ地球人をテーマに織り交ぜた意欲は買える。それがなければ、これだけの書き込みはできないし、そもそもSFにならなかったろう。

bullet『SF JAPAN02号』評者のレビュー
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装画:生頼範義,装丁:矢島高光

2001/6/10

装幀:菊地信義 巽孝之『『2001年宇宙の旅』講義』(平凡社)
 本当の2001年を迎えて、何を思い出すかといえば、やはりキューブリックとクラークの『2001年』になる。本書では、その映画『2001年』の意味だけではなく、(むしろ)同作品に感化されて以降の日本SF界、社会全般に対するインパクトを論じている(この論議の一部は「SFマガジン5月号 クラーク特集号」にも掲載されている)。
 さて、本書の第1章は「人類の歴史は、実はモノリス(石板)に捏造されたのではないか」ではじまる。昨年話題となった遺跡捏造事件は、単なる詐欺ではなく、自身を歴史の創造者=神になぞらえた行為といえるが、『2001年』は、我々自身の深層心理に同様の“予断”を焼き付けた。
 第2章、3章では、スター・ゲートの光景と、90年代電脳空間との接点を探り、『幼年期の終わり』の単純な影響下にある『インディペンデンス・デイ』等を引きながら、クラーク的帝国主義/植民地主義思想(異星の産物であるモノリスに知性を認めない、あるいはモノリスを無数にばら撒かれたエイリアンと見る)、また、開拓者精神(未知の探索=SFの基本的姿勢)の底辺と、イギリスSFのルーツ、ウェルズにまで遡る思想の原点をたどる。
 第4章に至ると、日本のSFにおいて、『2001年』はまさに「青春記の終わり」にあたる時期に公開されたことを、小松左京(『継ぐのは誰か』から『虚無回廊』)、田中光二(『幻覚の地平線』『わが赴くは蒼き大地』)で述べ、夢枕獏(『上弦の月を喰べる獅子』)、大江健三郎(『治療塔』『治療塔惑星』)で、それを超える発展を検証する。
 第5章では、従来の(センス・オブ)ワンダーが、ヒトの精神内部のハルシネーションへ(どちらも「めくるめく」感覚をあらわす言葉)と移り変わる様を描き出す。たとえば、『マトリックス』に見られる電脳空間のように。
 かくして、映画『2001年』は、20世紀後半のSF世界すべてに、目に見えた(意味ある)影響を与えるキーとなったわけである。

bullet早川書房『2001年宇宙の旅』のサイト
bullet上記本文中で言及された掲示板2chの石板偽造事件LOG
bullet『2001年宇宙の旅フォーラム』(1992)記録HP
(注意:音楽が流れます)
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2001/6/17

小林泰三『AΩ[アルファ・オメガ]』(角川書店)
 小林泰三の書き下ろし長編。“超・ハード・SF・ホラー”と銘打たれている。もともと短編を主体とした活動をしてきた作家だけに、初のSF長編には注目が集まることだろう。
 諸星隼人は、飛行機事故をきっかけに、プラズマ状の異星人「ガ」と体を共有し超人に変身、奇怪なキメラ生命と戦うことになる。しかし、超人の肉体を保てる時間は短く…ということから明らかなように、ウルトラマンがそのままベースとなった作品である。単なるパロディではなく、超人の科学的な必然性が、根拠をもって説明されている。ただし、ウルトラマンのハードSF面からの追及が本書の目的ではない。キメラ怪獣はクトゥルー風、あるいはエヴァンゲリオンの使徒風(聖書からの引用多数)、ここまではまだウルトラマンだが、ボケだけがあってツッコミがない(底なし沼に落ち込んでいくような)不思議な会話や、主人公自身ある種の性格破綻者で、高校生の女の子や元妻に対する妙な執念が描かれるとなると、この作家の持つ独特の感覚が主役であることが分かる。
 物語の終幕は、極めてSF的(かつ楽観的)なビジョンで締めくくられる。作者の別の作品とも、互いに共鳴する結末となっている。

bullet「玩具修理者」の評者による簡単なレビュー
(当時はまったく評価していない)
bullet『奇憶』の評者レビュー
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装丁:角川書店装丁室
カバーイラスト:長谷川正治,カバーデザイン:ハヤカワ・デザイン ブライアン・ステイブルフォード『地を継ぐ者』(早川書房)
 22世紀末、人口爆発と疫病戦争を乗り越えた人類は、ナノテクによる不老化技術を究め、平均寿命が飛躍的に延びていた。そんなある日、主人公の養父が誘拐され、奇妙なメッセージがネット上に流れる。何十年も前に死んだはずの彼の父(かつての人類の救世主)が生きており、人類の敵たる野望を抱いているのだという…。
 ステイブルフォードにはあまり良い印象がない。本HPには収録していないが、その昔サンリオで翻訳されていた「宇宙飛行士グレンジャー」のシリーズを、一貫してレビューしたことがある。アンガス・マッキーの華麗な宇宙船のイラストや、岩淵慶造の挿絵まで入っていて、サンリオでは数少ないスペースオペラのシリーズだったものだ。問題はその書き方。とにかく主人公や登場人物が考えすぎる。考えすぎて、お話が進む前にその葛藤で紙数が尽きてしまう。思うに、ステイブルフォードは登場人物たちに正直なのだろう。類書のように、頭の悪い主人公は使いたくないのだ。さて、グレンジャーから25年を経た本書はどうか。途中までは大変面白い。なんといっても、物語に破綻がなく、人物の心理に隙がないところがよい。ハイテクサスペンスとしてもまずまず。ソウヤーあたりより出来は良いかもしれない。とはいえ、ひたすら会話だけで、クライマックスを支えるのは難しかったようだ。

bullet著者近影があるHP
(公式サイトはないようです)
bulletインタビュー、近作紹介があるHP
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2001/6/24

佐藤哲也『ぬかるんでから』(文藝春秋)
 
第5回日本ファンタジイノベル大賞(1993)受賞作『イラハイ』以来、本書で著作は3冊目になる――という寡作な作家ではあるが、作品の個性は比類がない。
 世界終末の大洪水と死者に身を捧げる妻、春の訪れを告げる怪物、オオトカゲと化した妻、木の根元に埋めた死体、閉ざされた建物と羽を持つ猿、旧家の天井に張り付いたやもりのかば(表紙絵)、巨人を見た夢、町の真中にあらわれた墓場の正体、チェーンソーを持ったきりぎりす、さまざまな社会活動に熱中する父、恐怖の対象でしかない父、謎のつぼ、裏山の造成地に潜む兵士たち…。
 13編のごく短い作品からなる短編集。妻に対する後ろめたさ、父に対する恐怖感など、共通して見えるテーマもあるが、怪物(ムカデ)、天使(猿)、かば(やもり)、殺人鬼(きりぎりす)という、奇妙な連想による生き物たちが印象的である。標題どおり、理性の“ぬかるみ”から顔を覗かせた、強迫観念の産物といえるのかもしれない。

bullet著者のHP
(著作の一部を読むことができる)
bullet『イラハイ』の評者レビュー
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装画:大友克洋,装幀:鶴丈二
カバーイラスト:御米椎 野尻抱介『ふわふわの泉』(エンターブレイン)
 冒頭、“ふわふわ”こと立方晶窒化炭素が、高校の理科の実験室(!)で偶然合成される。空気よりも軽く、ダイヤモンドより硬い素材だ。発見者の女子高生は製造会社社長に就任、またたくまに世界の様相を変貌させていく。そしてついに衛星軌道まで届く“橋”の建造に乗り出すが、そこに異星からの訪問者が訪れ…。
 “ふわふわ”は、なんだかE・E・スミス『宇宙のスカイラーク』に出てくるX金属のような夢の物質だ。しかし、これ自体は実在する。実在はするが、空に浮く物質ではないし、量産もできない。もし、簡単に安く作れたらどうなるか、また世俗な金儲けではなく、空への夢、宇宙開発に使えたらという、究極のご都合主義がここには書かれている。SFはすべからくご都合主義なのであり、いかに読者を楽しく騙せるかを競ってきたのだから、正当なテーマを正当な手法で扱った作品だといえる。
 加えて、軌道エレベータネタや、異星の集合知性との遭遇ネタまでを織り交ぜるなど実に楽しく読める。ハードSF系の作家は、饒舌な物語を書くのは苦手なので、ページの割にアイデアを過剰につぎ込む傾向があるようだ。ちょっともったいないが。

bullet著者のHP
bullet堀晃さんによるレビュー
bullet産業技術総合研究所のHP
(ふわふわの素、ネタ素とも推定される)
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