Jコレクションが贈る“ハードSF作家”の3人目(野尻抱介、小林泰三、林譲治)。電卓片手に「計算して」作品を書く作家である点は共通するが、出来上がりの印象はまったく異なる。野尻SFは直球ストレート日本(情感)風味、小林SFは(どこまでマジだか分からない)大リーグボール1号、林SFは直球と見せて落としてくるフォークボール。どこか、クラークの『白鹿亭奇譚』のハードSF風法螺話と似ている。
6つの短編からなるオムニバス作品集。大半はSFマガジン掲載作(99-01年)で、1作のみが書き下ろしである。とはいえ、こうした形でまとめて読むだけの価値はあるだろう。
-
「ウロボロスの波動」ブラックホールを巡る人工降着円盤で起こったAIの反乱
-
「小惑星ラプシヌプルクルの謎」小惑星での予期しない事故の真相
-
「ヒドラ氷穴」地球から火星に潜入した暗殺者との駆け引き
-
「エウロパの龍」木星の衛星エウロパの海に潜む謎の生物
-
「エインガナの声」重力波観測施設で巻き起こる地球人とAADDとの感情的もつれ
-
「キャリバンの翼」真理を追うあまり無謀な実験を企てる科学者とその弟子
特徴は、それぞれのお話に「科学的な」決着が図られる点だろう。「偶然とは認知されない必然」とあるように、著者にとって全ての偶然(事故)には何かしらの原因がある。クラークの『白鹿亭』は、法螺話の科学的解釈だったが、その発想のベースは共通している。それをミステリのように解き明かす中で、社会的/人間的なさまざまな問題も浮き彫りにされていく。
AADD(人工降着円盤開発事業団)という水平分業型組織が登場する。これは、グローバルスタンダードなトップダウン(トップが全てをコントロールする)企業とは正反対の、トップを持たない組織である。そもそも日本の企業(特にメーカー)は、このような組織形態で運用されてきた。なぜかというと、日本のトップからの指示は曖昧/抽象的なことが多いので、現場主義/ボトムアップが普通なのである。そこでは給与よりも仕事内容が重視され、単純なコスト計算だけで割り切れない、技術的こだわりが許容されてきた。今日のグローバル社会では、何よりも短期の利益、採算性が最重要とされる。規範がそもそも違うのだ。AADDが存在できるのは、技術的優位=生存が成立する、過酷な宇宙空間が舞台であるからだろう。
|