2001/9/2

岩井志麻子『夜啼きの森』(角川書店)
 横溝正史『八つ墓村』他多数のホラー/ミステリ/猟奇作品のベースとなった、「津山30人殺し事件」を扱った作品。事件については、下記のHPに詳しい記述があるので、これらを参照にされたい。そもそも、本書は“その日まで”(殺人が起こる日まで)を描いた物語なのである。スーパーナチュラルな要素はあまりない。事件と似通っているが、もちろんノンフィクションではないので、登場人物が等しいわけではない。
 岡山県の山奥、森が深く迫るとある村に、結核を病んだ青年がいた。青年は病のために、村で差別され、しだいに精神も病んでいく。そのありさまが、暗い森の描写と絡まりながら、都会と隔絶され、古い因習を残す村を舞台に描かれていく。森や自然は、各国の童話にもあるように、つい最近まで、人々にとって癒しどころか脅威の象徴だった。森に対する畏怖と、殺人者に墜ちていく青年とを、お得意の“昭和初期の貧困”の視点から捉えなおした点が非常にユニーク。

bullet津山30人殺しの詳細な紹介HP
bullet著者の出身高校
(この地域は上記舞台からはだいぶ離れた瀬戸内側にあたる。SF関係で津山出身者といえば大野万紀)
bullet『ぼっけえ、きょうてえ』評者のレビュー
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装幀:角川書店装丁室
ブックデザイン:熊谷博人,カバーデザイン:藤原ヨウコウ 田中啓文『鬼の探偵小説』(講談社)
 「メフィスト」掲載作に書下ろし1作を加えた、著者初の連作ミステリ。主人公は、文字通り“鬼”。陰陽師の刑事とコンビを組んで、妖怪が絡む事件を解決するという、「ゲゲゲの鬼太郎」刑事版のようなお話。とはいえ、さすがに田中啓文だけあって、主人公の外観が風采のあがらぬ刑事コロンボ風、陰陽師は金髪碧眼のハーフと、単なる妖怪(あるいは、サイキック)探偵ものではない趣向を加えている。事件の動機が尋常ではなく、駄洒落でオチ(謎解き)がつくところも、著者のイメージを裏切らずに、いかにもそれらしい(アシモフ『黒後家蜘蛛の会』に倣ったという)。ただし、一般読者が想像する刑事もののスタイルは、丁寧に踏襲されている。キメの文句まで型にはまっていて、初連作集にして、既に熟成したシリーズものを感じさせる。
 しかし、著者近影はなんだかPatchin Review(1982)の写真(下)を思い出しますね(なんて書いてわかる人は、読者の皆様の5%未満でしょう)。

bullet『銀河帝国の弘法も筆の誤り』評者のレビュー
bullet『水霊ミズチ』評者のレビュー
bullet著者の公式HP
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クイズ:これは誰でしょう?
(Patchin Reviewを紹介した、ノヴァ・クォータリー58号より)

2001/9/9

ポール・ジョンソン『ボディ・ポリティック』(徳間書店)
 2020年、都市が国家に分裂したイギリス。都市国家エディンバラは、プラトンをシンボルとする「啓蒙」主義の統制国家だった。しかし、殺人を根絶したはずのその国で、残酷な連続殺人事件が発生する。とある出来事から、公園の清掃係に降格されていた元刑事の主人公は、再び現場に呼び戻される。
 国家の経済は観光収入に依存している。観光客用には、売春からギャンブルまで何でも用意されている。一方、統制国家の中では、恋愛関係やセックスまで、管理の元にある。それでも、腐敗混乱した過去の政体に戻ろうとする者はいない…。
近未来、さまざまなシチュエーションの社会で起こる殺人事件――類型のミステリは結構数が多い。本書は、ザミャーチン『われら』風の構成要素と、主人公の親子関係までを絡ませた展開が面白い。とはいえ、結末は設定に比べて意外性が少ないのではないか。登場人物の行動も、特殊社会ならではの必然性に乏しい。特異な社会を描くからには、事件がそれを上回らなければ印象を薄めてしまう。

bullet著者の書誌情報があるHP
(これは書店系のHP。公式HPはない模様)
bullet『ルー=ガルー』評者のレビュー
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カバーフォト:THRTY FIVE INC.,カバーデザイン:熊澤正人
ILLUSTRATION:はやみあきら 中井紀夫『モザイク III』(徳間書店)
 モザイク3部作の完結編。モザイク状の地震で壊滅しつつある東京、その地震を引き起こしていたのは、1人の少年の心の奥底に潜む闇だった。
 この3部作は、新興宗教教祖との戦いや警察ロボットといった、言わば類型の設定が目立ち、従来の中井紀夫らしさが希薄だった。しかし、最終巻は前作とは一転して、少年の心の中、ありえたかもしれない過去の記憶を再生(代弁)する物語となる。著者は少年を破壊者=邪悪なものとして描いてはいない。この柔らかな物語構造は、やはり中井紀夫独自のセンスである。破滅でも再生でもない、結構中途半端な結末も、救いのように見えるから不思議。

bullet『モザイク I、II』評者のレビュー
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あさりよしとお『なつのロケット』(白泉社)
 あさりよしとおのマンガ。子供が読んでいたので、取り上げてレビューしてみる。あとがきの川端裕人によると、野尻抱介『ロケットガール』(1995)、川端裕人『夏のロケット』(1998)に続く、ロケット打ち上げ3部作(正確には、“個人的”にロケット打ち上げを夢見る者たちを描いた3部作)の悼日を飾る作品になるという(雑誌連載は99年)。
 小学校の型破り教師に教えられていた3少年。彼らは、学校の方針と対立して退任する先生へのはなむけに、ロケットを作ろうと思い立つ。一夏の休みの間に、別の少年たちとも出会って、ついに液体燃料ロケットを製作してしまうのだが…。
 H2Aが成功して以降は、日本でもそろばん勘定が合わない宇宙計画は(たぶん)縮小される。アメリカでも、ロケット打ち上げはビジネスだ。夢の介在する余地は、もはやあまりないように見える。しかし、評者は、たとえばテポドンを作っている技術者の夢とかはどんなものかと考えてしまう。それはたぶん、金正日主席万歳だけではないはずだ。ロケットの夢、宇宙への夢は、特定の思想や採算性だけに限定されはしない。とするなら、まだこのようなお話が書かれる場面は、いくらでもあることだろう。

bullet『夏のロケット』評者のレビュー
bullet『彗星狩り』評者のレビュー
bulletなつのロケットはほんとうに飛ぶか
(野田篤司HPにある考証ページ)
bullet著者のファンサイト
(特定作品HP。公式HPはない模様)
bullet著者の発言
(コクラノミコンに関する苦言なので、著作活動とは関係ない)
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カバー:あさりよしとお

2001/9/16

装丁・装画:妹尾浩也  マイケル・マーシャル・スミス『オンリー・フォワード』(ソニー・マガジンズ)
 著者は英国のSF作家であり、ユニークな作風で長編のすべてが翻訳されている(といっても3作のみ。1月刊行予定だった最新作は来年に延びるらしい)という日本でも人気の作家である。
 とはいえ、スミスが描く世界は、奇妙なバランスの上に成り立つ世界なのである。長編3作とも、ハードボイルド風の主人公が登場して事件を解決するのだが、その舞台がおよそ“リアル”なものではない。たとえば、本書では壁に隔てられ、独立した都市国家“近隣区”が登場する。犯罪が自由な世界、無音の静寂世界、猫だけの世界、外部との接触を絶った鎖国世界、人々の夢の中に存在する世界…と、現実に存在しそうな世界はほとんどない。そこに、おしゃべりな家具などのガジェット(これはありえそう)を配置し、ファンタジイと、リアルな誘拐事件や(世界を股にかけた)冒険アクションとを絶妙にバランスさせている。特異さでは、他に類を見ない。
 なお、本書は著者の処女長編にあたり、95年の英国幻想文学賞、2001年のフィリップ・K・ディック賞(米国)をそれぞれ受賞している。

bullet『スペアーズ』評者のレビュー
bullet『ワン・オヴ・アス』評者のレビュー
bullet著者の公式HP
bullet著者のファンサイト
(著者近影がある)
bullet 英国幻想文学協会HP
(日本語で書くとおおげさになるが、British Fantasy Societyはファンタジイ大会の主催、賞の選定やニュースレターを刊行する、ある種のファングループ)
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2001/9/23

奥泉光『鳥類学者のファンタジア』(集英社)
 4月に出た話題作を、遅まきながらレビューする。
 そもそも、鳥類学者とは何かというと、“バード”すなわちサックス奏者チャーリー“Yardbird”パーカーの信奉者であり、ライヴハウスのジャズ・ピアニストである主人公“フォギー”希梨子のこと。彼女はタイムスリップを経て、第2次大戦下のドイツで行方不明となった、同名の祖母霧子と出会い、メギス婦人やケプラー氏といった怪しい人々がたむろする神霊音楽協会で、世界を支配する秘密を“音楽”によって解明するナチスの大実験に拘わり、ピュタゴラスの天体を模した巨大ドームでのクライマックスに向けて、自身のテーマ音楽となぜか同じだったオルフェウスの音階(フィボナッチ数列による数秘術)を知り、ロンギヌスの石で作られた異世界(まさに宇宙暗黒物質の正体)を訪れるなど、猫(作者の諸作に登場する、ある種の語り部)に導かれた波乱万丈の、時空を超越した旅を続けていくのである(と書くと、いかにも荒唐無稽、しかし、謎を含めてすっきり解決した印象が残る)。
 さて、本書がSFであるか否かに、さほど意味があるとも思えぬが(SFではないと書けばテクハラになるし)、実際、本書の価値は、宮部みゆきのSF大賞『蒲生邸事件』風の、タイムスリップ的設定にあるのではなく、登場人物の軽妙さ、個性の豊かさ、ジャズファンでなくても雰囲気が楽しめる音楽に対する薀蓄、また、“バード”を探し当てるエピローグに拠るところ大である、とはいえ、一般評価の中ではSFファンの反響が一番大きいのだから(ジャズファンはさほどでもなさそう)、SFジャンル内読者に向けた価値は十分あるだろう(この文体は奥泉風です。似てない?)。

bulletチャーリー・パーカーHP
(ちなみに、Ornithology「鳥類学」という曲は1946年ごろのナンバー)
bullet 日本チャーリー・パーカー協会HP
bulletフィボナッチ数列の音楽について
(末尾の節「黄金分割の音楽」を参照)
bulletオルフェウスの音階
(midi再生が可能なソフトでお聴きください。アレンジなしの7音の音階のみです)
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装幀:鈴木一誌,画:杉田英樹

2001/9/30

カバーデザイン:祖父江慎,カバー装画:MAYA MAXX,フォーマット:粟津潔

カバーデザイン:祖父江慎,カバー装画:ヒロ杉山,フォーマット:粟津潔
中村融・山岸真編『20世紀SF(1)1940年代』、『(2)1950年代』河出書房新社
 さて、今週から3週間の予定で『20世紀SF』のレビューを書く。本アンソロジーは昨年の11月に第1巻(1940年代)を出版後、ほぼ2ヶ月に1冊のペースで順調に刊行され、今年9月の第6巻(1990年代)で無事完結した。既に個別のレビューは数多く出ているし、ばらばらに読み終えられた方も多いだろうが、この叢書は本来全体で一冊の本を構成するものであり、そのように読まれることを(たぶん)期待されている。レビューでも、編者に敬意を表して「1つの作品」として読んでいきたい。とはいえ、1回ですべてをレビューするには内容が多岐にわたるため、毎週2巻程度を目安に読み進め、最終回に総括を掲載する予定である。
 叢書全体としてみた場合、まず翻訳を「現在の視点」に統一した点を評価したい。日本で1950年代前後の海外SFといえば、60年(SFマガジン創刊)以降に集中的に紹介されたものが多く、既に40年近い時間経過がある。これをそのまま読んでも、古びた印象しか残らない。翻訳を新しくすることには、訳文の精度向上以外に、抵抗なく読めるようにするという意味がある。現代の文章で読む限り、1940/50年代の諸作を、古く懐かしいSFとだけ評するのは間違いと分かる。この点、原文を読む英米人よりも、本書をはじめて読む日本人のほうが恵まれている。
 また、各巻は、単に年代別に編まれているだけではなく、個別にテーマを立てている。テーマ名自体は明らかにされていないので、評者が類推したものを記載してみよう。
 さて、第1巻はブラウン「星ねずみ」にはじまる。アンソロジイに限らず、短編集では収録作品の並びが重要だ。アンソロジスト(編纂者)の見識は、順序を見ただけである程度分かる。特に第1巻の巻頭に何を置くかは重要だろう。お話は、ロケットに実験動物として乗せられたネズミが、宇宙人の力で知能アップするというもの。そしてまた、本書のテーマも「発見と喪失」である。ネズミが獲得した知恵とは何だったのか、知識(=人類の叡智)に何の意味があったのか、という問いかけがなされて、全6分冊の巨大アンソロジーはスタートする。
 1940年代は、第2次世界大戦の前後にあたる。前半は戦争の恐怖、後半はアメリカ空前の繁栄が始まる。この時代では、作品の構造はシンプルであり、アイデアの新しさをメインとしたために、物語の深みにやや欠ける。しかし、例えばC・L・ムーア「美女ありき」などは、機械に移植された高名な女優の心が、無機質に変貌していく瞬間を見事に描き出している。人の心をヴァーチャルに移し変えるお話は、以降無数に語り直される。人間心理と、機械の無機質さを等価に置く点は、まさにSF独特の視線といえる。
 1950年代は、冷戦の時代である。アメリカにも全体主義の影が射した。マッカーシズムが典型的だが、反共を標榜しながら、やっていることは大同小異だった。本巻のテーマは、ブラッドベリ「初めの終わり」に象徴される「古きものの終わり/新たな始まり」だろう。固定観念や差別意識に満ちた旧体制は、(いささか空想的な方法ではあるが)打破されなければならない。しかし、先の世界はまだ明らかではない。これは、クラーク『幼年期の終わり』(1953)にも見られる、時代の代表的な感覚だったのである。
 さて、1940/1950で分かるのは、SFのベーシックなスタイルが全てある、ということである。科学の世紀の可能性と限界もまた、(今日の我々と同じ目線ではなかったにせよ)既に語られている。したがって、ここから生まれる新しいものは、既成概念の破壊の時代、1960年代につながるのだ。
(各巻の詳細な内容は、下記リストを参照)。

bullet「SFマガジン50年代特集」評者のレビュー
bullet20世紀SF収録作リスト
(excel形式でリストアップしたものです。MSエクスプローラで表示が崩れるときは、F11キーを2回連続して押してみてください)
bullet 出版翻訳データベース
(編者近影がある)
bullet1940年代
bullet1950年代

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