|
||||
長編『デカルトの密室』(2005)に続く、ケンイチを主人公にしたロボットもの3編と、その前日譚にあたる「メンツェルのチェスプレイヤー」を集めた短編集。 メンツェルのチェスプレイヤー(2001):人里離れた森の中で、チェスを指す人工知能を開発した老科学者が殺される モノー博士の島(2005):ロボットの動物たち、サイボーグ化された人間たちの集まる島で起こる殺人事件 第九の日(2006):英国の地方にある老人介護のための村で、ロボットたちが起こした行動の意味 決闘(書き下ろし):リハビリに励む作者と、ケンイチが朗読するチェーホフの戯曲が共鳴するとき 『デカルトの密室』は、作者の意図を理解できる読者(評者もその一人だろう)が少なく、力作ではあるが難解という評価が一般的だった。本書には、それを補完する意図もある。もともとこのシリーズの設定は単純ではない。主人公ケンイチはロボットで、その一人称で物語は書かれる。しかし、物語は実はケンイチの創造者の書いた小説=フィクションなのである。古典的なメタフィクションのようで、これは人工知能と人間意識の対照も意図している。さらに「第九の日」では、物語の“作者”に対する批評が、C・S・ルイスの思想(本書の副題 The Tragedy of Joy もそこに由来する。ナルニア国のアスランまで登場する)と絡めて展開される。さて、それで明快さが増したかというと、ちょっと難しいところ。
|
|
||||
2004年のサファイア賞受賞作。この賞はSFロマンス・ニュースレターの読者投票で選ばれるもので、10年の歴史がある。キャサリン・アサロやロイス・マクマスター・ビジョルドらも受賞している。恋愛ファンタジーを対象にした賞のようだ。本書はSF的な設定をとっているものの、内容的には異世界ファンタジーだろう。 ピッツバーグに異世界へと開くゲートが作られる。ゲートは間歇的に開閉し、そのたびに狭い地域が妖精(エルフ)の棲む並行世界の地球と入れ替わるのだ。そんな世界で生活する18歳の主人公(ティンカー)は、偶然エルフの総督を助けることになる。 エルフはまさにヨーロッパの妖精そのまま。敵は東洋の残虐な鬼族で天狗や狛犬、狐まで出てくる。ほとんど創造力を放棄したようなお話なのだが、メカと物理にめっぽう強い跳ね返りの娘が、エルフと恋に落ちて波乱万丈云々のエンタティンメントの基本は押さえている。スケールダウンした『星界の紋章』という雰囲気。
|
|
||||
2002年の英国SF協会賞受賞作。日本では分厚さで売ることが決まった(らしい)レナルズの第2作である。次作やオリジナル短編集も同様に1000ページを超えるという。本書を含む2003年までの作品は、舞台設定(独特の未来史に基づく)も共通化されている。 ジャングルに覆われた辺境の惑星で狩りに出た主人公の一行は、彼らを逆恨みする貴族の攻撃を受けて犠牲者を出す。主人公は、逃亡した敵を追って軌道エレベータに乗るが、破壊工作を受けて記憶を失う。何年か後、彼は宇宙最大の歓楽地/爛熟した文明の中心カズムシティで目覚め、奇怪に変貌した都市を目の当たりにする。 本書では上記の他に、植民船団が辺境の惑星に至るまでの、もう一つの物語(宗教的な指導者が如何にして権力を得たか)が織り込まれている。 前作でも感じたことながら、レナルズの書く小説は基本的にシンプルなのである。本書でも主人公の復讐譚が中心にあり、その周辺に都市変貌の謎や、夢に混入する教祖の物語が付随的に置かれる。これだけ分量がありながら、読む上で負担がかからないのは、そういう構造にも由来するのだろう。
|
|
||||
ちょうど3年前に、タイムマシンにかかわる2冊のノンフィクションをとりあげたことがあった。今回は、昨年12月(2001年版のムックを増補改訂した新版)と、今年7月によく似たテーマの本が相次いで出ているので再度紹介する。 時間と宇宙に関する解説書という意味では、本書に限らず多数の書籍が出版されている。流行のM理論などは、ミチオ・カク『パラレルワールド』(NHK出版)等に詳しい。このような新しい宇宙論と、タイムとラベルとの関係は深いのである。旧来の時間の因果律を破る法則の中に、不可能なはずの時間旅行を解く鍵が潜んでいるからだ。 さて、その結果として理論的に可能なタイムマシンは、ワームホール型(アインシュタイン-ローゼン橋を渡るホワイトホールを利用)、ワープドライブ型(空間を歪めて推進)、タキオン型(光よりも高速の粒子を利用)、ティプラー型(回転する巨大円柱を回る)、宇宙ひも型(2本の宇宙規模のひもを用いる)などがある。これらは超光速での宇宙旅行や並行宇宙論とも関係する。アインシュタイン以来の、時間と空間は不可分であるという大原則を反映しているのだろう。その他に矢沢版ではバーバー型(時間の流れは存在しない説)まで紹介されている。 この2冊、何でもとりあげている矢沢版の方が範囲は広いが、説明の仕方が強引。一方、二間瀬版はさすがに怪しい説は書かれていないけれど、簡潔すぎるきらいがある。11次元の宇宙を論じる最新宇宙論は、もはや直感的には把握が難しい。そこを前提とした時間論は、もっと難しい。理論的にありえる“本物の時間旅行”を、ハインライン「輪廻の蛇」のようなロジックのアクロバットだけで面白がれる時代では、既にないのである。
|
|
||||
6月に梶尾真治の短編集が2作出ている。もう1冊の『きみがいた時間 ぼくのいた時間』は時間ものの短編集ながら、著者特有のロマンス色が強い内容となっている。今回は、1999年から今年までの、アンソロジイ掲載作を幅広く集めた本書を紹介する。 時の“風”に吹かれて(2005):絵のモデルを見つけるため、タイムマシンで過去に飛んだ主人公が取った行動とは 自縛の人(1999):タイムマシンで戦場に降り立った科学者が見のは静止した世界だった 柴山博士臨海超過!(1998):妻にさまざまな“改造”を施されたスーパーマン博士が臨界に達したとき 月下の決闘(2000):もてない主人公の恋人には、恐るべきライバルたちがいた 弁天銀座の惨劇(2006):電話の代理を任された男が聞いた破滅的な声とは 鉄腕アトム/メルモ因子の巻(2002):SF Japanのアトム・トリビュート特集掲載。ロボットに与えられたメルモ因子とは? その路地へ曲がって(2005):ほんの偶然から、主人公は幼いころに別れた母親の住む家にたどり着く ミカ(2005):家族の中で孤立した男がのめり込んだペットは、少女の姿に見える猫だった わが愛しの口裂け女(2004):死の床に就いた父親が語る、都市伝説のような母親の秘密 再会(2003):ダム湖に沈む故郷の小学校で、卒業生たちが見たもう一人の仲間 声に出して読みたい事件(2005):スパイかそうでないか、早口言葉で決着がつく 11編も収められているが、どれもごく短い。よく似た内容を、別々に語り直したようなお話もある(例えば、タイムマシンの原理に絡む2作と、母親の秘密を父から聞く2作など)。それだけにアイデアの良し悪しが際立つ内容になっている。大きく分けて、「時の風…」「その路地…」「わが愛しの…」「再会」等は、著者の現在のイメージに合ったロマンス風だろうし、一方「自縛…」「柴山博士…」「月下の…」「弁天銀座…」はもう一つの著者の顔であるドタバタ・ナンセンスが際立って見える。中では、暗く沈んだ主人公の悲嘆が感じられる「ミカ」が異色だろう。
|