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昨年の『万物理論』に続く、本年最大の話題作。これまでの長編と傾向の異なる「本格宇宙SF」でもあるため、注目されている。 30世紀、人類は少数の肉体で生きる人々を除いて、大多数がソフトウェアによる電脳者だけになり、彼らは複数のポリス(情報を集積する唯一のハードウェア)で生活している。ある日、文明を支えていた予測理論では予見できない宇宙的異変が起こり、地球環境が破壊されてしまう。このままでは、彼ら自身のポリスの未来も不確かなままだ。真理(新しい法則/理論)を求めるべく、1千もの宇宙船が宇宙に散開(Diasporaの意味)する。しかし、そこで彼らの目にしたものは、ありうべき理論をはるかに超える未知の存在だった。 ヴォクト『宇宙船ビーグル号』が引き合いに出されているが、あえて比較するなら石原藤夫『宇宙船オロモルフ号の冒険』(1982)とか、ノーマン・ケーガン「数理飛行士」(1964)に近いだろう(どちらも、“純粋理論”を比喩ではなく、実在の存在として描いた)。また、時間変移の大きさから『最後にして最初の人類』などのステープルドンを連想するといっても、本書のように(文字通り)次元を超えた大変移は、既存のどんな作品でも書かれたことがない。 冒頭、いきなり電脳人格の誕生描写がえんえんと書かれ、およそベストセラーにはなりそうにない構造がとられている(並みのベストセラーならば、冒頭数ページで物語全体が分かりやすく要約されている必要がある)。しかも、宇宙SFというより(いかにもそれらしい)宇宙論SFなので、ここはずばり、“SFファンへの挑戦”と理解して、イーガン流の重厚な世界を正面から楽しむつもりで読むべきである。別に「数学SF」を読むのに数学の素養はいらない。本書で書かれる宇宙物理の描写も、特に予備知識は必要ないだろう。
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池上永一の描く、21世紀後半の東京。巨大な積層都市アトラスが中心にそそり立ち、都心の大半は森林で覆い尽くされている。アトラスの高さは数千メートルにも及び、50年を経て未だ未完成のままだ。しかし、アトラスに住む新たな特権階級と地上に残るゲリラとの間で、武力を介した激しい闘争が繰り広げられている。そして、国連管理の下、地球温暖化に対抗するため、炭素排気量をベースにした新たな経済システムが考案される。そこでは、通貨の代わりに、仮想化された炭素が取引されているのだ。 1600枚に及ぶ大作。ちょっと石田衣良『ブルータワー』(2004)を思わせるが、そこは超高層ビル/特権階級/ゲリラという設定部分だけで、お話の雰囲気は全く異なるものだ。アトラスを制御する万能コンピュータ「ゼウス」、アトラスを実質的に支配する公社と謎の憑代、新迎賓館に住む公家の少女、ゲリラ都市の総統である戦闘少女、炭素経済を攪乱するコンピュータ「メデューサ」とそれを操る天才少女、さらに彼らに仕えるニューハーフ、天才女医、軍人の若者たちと、過剰な登場人物が入り乱れてお話を形成していく。 ベースはアトラス(政府)対ゲリラだが、炭素経済戦争、アトラス誕生の秘密、ついには古代日本に連なる東京の秘密と、物語はスラップスティック(ドタバタコメディ)風にエスカレーションする。それら多数の枝葉を発散させず、結末に収斂させた点は評価できる。ただ、これだけの要素を1冊の長編に全てを詰め込まれると、読む方も相当苦しい。数冊のシリーズにしたほうが自然だったろう。 気になるのは、この世界の環境、経済、軍事(兵器)システム。本書の説明では(破天荒なところは良いが)リアリティに乏しく感じる。
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不思議な未来社会を描く『オンリー・フォワード』(1994)、『スペアーズ』(1996)、『ワン・オヴ・アス』(1998)等で知られる英国作家、マイケル・マーシャル・スミスの短編集である。全18編中12編を選んだ抄訳だが、全貌は損なわれていない。どれも短く、(アイデア的にも)中篇級のものはごく少ない。SFホラーとはあるけれど、特に“SF”と断る必要性はほとんどない。たとえば、タイムマシンでダイエットする方法(「ダイエット地獄」)、悲惨な事故を人生のバックアップでリカバーする男(「バックアップ・ファイル」)、霊と交信可能なナノテク(「地獄はみずから大きくなった」)などは、確かにSF風ガジェット(小道具)が使われているものの、科学的でも合理的でもない奇妙な結末に繋がっている。1992年の英国幻想文学大賞受賞作「闇の国」は、家の裏口がアンダーワールドの入口だし、1991年の受賞作「猫を描いた男」では、描いた絵に魔力を籠められる男が登場する。まさにダーク・ファンタジー風、スプラッタレスの上質ホラーなのである。
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第2回小松左京賞作家が描く、もう一つの『ミクロの決死圏』(アシモフの小説は、1966年制作の同題映画のノヴェライゼーション。ただし、アシモフはいい加減な科学設定に我慢がならず、1987年に映画とは関係ないオリジナル小説『ミクロの決死圏2』を書いた)。 本書は、第3回「このミス」大賞最終選考に残ったことでも話題になった。同じような例では、横溝正史賞(1990)を最終選考で逃した鈴木光司『リング』などがある。とはいえ、本書は処女作ではない。著者がこれまで書いてきた破天荒な設定を、そのままワン・アイデアに凝集したような作品である。 病院の放射線科に、心筋梗塞の患者が運び込まれる。心臓カテーテルによる通常の治療で終わるはずだったが、造影写真に写る奇妙な物体により事態は急転する。折しも試験稼動中の画像透視装置アシモフにより、物体の追跡を継続することになる。人工物か、寄生生物か、それは2重のスクリューを持つまさに“血液魚雷”なのだった。 福島正実(SF黎明期の功労者であると同時に、常にある種の被害者意識を抱いており、それが自身の小説にも強く反映されていた)の鬱屈した世界を敬愛する作者らしく、本書の主人公(女医)は、患者(元恋人の妻)や患者の夫で野心家の医師に対する屈折した感情を抱いており、それが物語の縦糸になる。横糸はもちろん謎の“血液魚雷”。動脈中を縦横に泳ぎまわるそいつ(金属製のフィルタを簡単に突破する)を、いかに安全に捕らえるかが描かれる。 ただ、やはり本書最大の難点は、以上の縦糸/横糸が十分に結びついていない点だろう。ミステリ/SF/ホラー、どちらでも良いのだが、結末が曖昧な点が気になる。
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1冊で1000ページを超える文庫。外観がまず目を惹く。とはいえ、本書が長編として破格に長いかというと、そんなことはないのである。(たとえば、エリザベス・ヘイドンのファンタジイ『デスティニイ』などは上下で1200ページ
もあるが、もともと1冊の本だ)。まあしかし、ペーパーバックでも1000ページくらいが1冊の限界(例外はある)。文庫でこの分量は、携帯性で見ても上限かもしれない。 26世紀の未来、舞台は遠い宇宙の辺境の惑星。そこは99万年前に先史文明を崩壊させた大事件、「イベント」が起こったことで知られている。調査を進める科学者の主人公は、調査に反対する反乱分子に囚われてしまう。一方、謎の依頼者から指令を受けた暗殺者が、巨大な近光速船(光速の壁が植民星間を隔てている)の乗組員に成りすまし、彼を追ってやってくる。黒幕は何者か、何のためなのか、そして、滅びた古代種族に隠された謎とは何なのか。 冒頭、500年未来の社会を描きだす、さまざまなガジェットの数々に幻惑される。この時代の人々は、体の改変はもちろん、情報化による擬似人格と本物との境界も曖昧なままだ。加えて、人類が発見する遺跡の多さと、現存する文明の希少さを解明する展開が、新しい宇宙小説/スペース・オペラの壮大さを感じさせる。ただし、中半以降、登場人物が出揃い、互いに絡み合うようになってから、お話はやや冗長に流れる。長編に中ダレがあるのは当然(山場ばかりでは読み手の気力が続かない)ながら、ニール・スティーヴンスンやダン・シモンズほど饒舌ではない分、枝葉が少なく単調に感じる。日本流に、半分に削れば良かったというのは、長さが勝負の英米SFには筋違いの要望かもしれないが。
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