2002/1/6

粕谷知世『クロニカ』(新潮社)

装画:高田美苗 装幀:新潮社装幀室
 

 第13回ファンタジーノベル大賞の大賞受賞作。作者は森下一仁の創作講座「空想小説ワークショップ」のメンバーだという。
 南米に生まれたインカ文明は文字を持たなかった。 しかし、口承による語り伝えにより物語は途絶えることなく親から子へと継承されていた。なんといっても、インカでは祖先たちが“死ぬ”ことはない。木乃伊となり肉体が萎びても、その“肉声”は子孫たちの心にいつでも届いたからである。 けれども、内紛に混乱する中でスペインの征服者が現れ、彼らの伝承を破壊していく。それは、文字の神(経典の中に生きる神)と、文字を持たない神(人の言葉に生きる神)との戦いでもあった。
 お話は、インカ崩壊後、密かに祭られていた木乃伊を征服者に暴かれて苦悩する少年と、彼が聞く祖先の話という形をとる。そこでは、インカが征服されるまでの記録と、上記の抽象的な神々の対立の両方の視点が描かれている。文明観を交えているのにファンタジーの形式を崩していないので、一般的な歴史ものにはない、斬新な印象を受ける。ただ、いったんお話を終えてから、なお「終章」という形で、神々の衝突の意味を解説し直す書き方は、ちょっと分かりにくいかも知れない。

bullet 空想小説ワークショップの説明
森下一仁さんのHPでの解説
bullet 池袋コミュニティカレッジの上記ワークショップHP
bullet ファンタジーノベル大賞のHP(読売新聞社)

2002/1/13

町井登志夫『今池電波聖ゴミマリア』(角川春樹事務所)

装画:菅原健 装幀:伸童舎
 

 第2回小松左京賞受賞作。
  「小松左京マガジン」(第4巻)の受賞者談によると、著者は、未来のない今に絶望して本書を書いた。その絶望感は、福島正実の暗い鬱屈した小説群ともつながるのだという。
 奇妙な題名がつけられている。これはそのまま物語を要約している。“今池”は舞台となる近未来の地方都市、“電波”は本書のテーマの一端、“ゴミ”は街を覆いつくす塵埃を、“マリア”は登場人物名である。
 気になる点はいくつもある。2025年だというのに、携帯電話や情報ネットワークのシステムが現在と何の変わりもないとか、荒廃した高校のありさまが現在の単純な延長に見えるとか、そしてまたヒロインとなりえた少女がなりえずに終わってしまうこととか。とはいえ、終盤の数十ページで明らかにされる人類レベルの結末により、ここまで出口がない世界に説明が与えられる点は、SF新人賞として評価できる。
 本書は、著者が、“現在”の絶望的状況に怒りを込めて書いたものだ。だからこそ、世界はデストピアの様相を呈しており、未来社会の整合性を気にする余裕もない。あとがきで、著者は藤原征矢『電子恐慌』との類似性に触れているが、日本が破綻していく道筋こそ似ているものの、上記結末に示された本書の方向性とは明らかに異なるものだろう。

bullet 『電子恐慌』評者のレビュー
破綻した近未来日本を描くリアリティでは本書のほうが優れている。
bullet 『バトル・ロワイアル』評者のレビュー
bullet 『ヒポクラテスの孤島』評者のレビュー

2002/1/20

ニール・スティーヴンスン『ダイヤモンド・エイジ』(早川書房)
日暮雅通訳 The Diamond Age,1995
装画:藤原ヨウコウ 装幀:井上佳子
 

 1996年のヒューゴー賞、ローカス賞受賞作。
 22世紀の中国上海に現出した、19世紀の世界。
 中国は内戦で分裂し、儒教文化を育む《天朝》と自由な《沿岸共和国》に分かれている。西欧文明も、国家としては崩壊しており、《新アトランティス》と呼ばれるヴィクトリア時代を範とする<種族>が最大勢力を誇っていた。物質は、ナノテクの産物、物質製造機で自由に生産できる。従って、この時代の最大の価値はモノにはなく、各種族の生き方/規範にあるのだった。上海はこれらさまざまな種族が混在していた。そんな世界、あるアトランティスの技術者が、貴族階級の重要人物から、孫娘のために知能を持った本を作るよう命じられる。その本は、不法にコピーされ、貧民階級の1人の少女に届けられてしまうが…。
 まず、世界の奇怪さに圧倒される。いやなに、この中国描写自体は、中国経済特区の活況をリニアに外挿し、清朝末期の阿片戦争から、義和団の乱(結末などは、映画『北京の55日』そのまま)までの状況と重ね合わせただけかもしれない。中国の儒教文化に対するおかしな解釈も、『スターシップと俳句』程度には楽しめるだろう。とはいえ、スティーヴンスンの真骨頂は、それらと被さる形で描かれた、ナノテク/ネットワーク文明観の独自性にある。(たぶん)科学的には根拠の薄い理論を駆使した、ナノテクによる物質生成システムの“美しさ”は、類書には見られない。この類の話は、たいていがグロテスク(ナノテク=病原菌、寄生虫を連想するからか)であったり、具体的視覚イメージが欠如していたりするからだ。22世紀のナノテク文明を脅かす危機と、少女の本がインタラクティヴに語る物語とが融合していく展開が非常に面白い。難をいえば、伏線の1つだったはずの少女たち(複数)の運命が、曖昧なまま終わった点か。途中で消えた伏線は多く、本来、もっと書けそうな内容ではある。とはいえ、1400枚余の大作。

bullet 『スノウ・クラッシュ』評者のレビュー
bullet 『スターシップと俳句』評者のレビュー
bullet 『北京の55日』紹介HP

2002/1/27

古川日出男『アラビアの夜の種族』(角川書店)

装画:LOAD FREDERIC LEIGHTON(「燃え立つ6月」) 装幀:角川書店装丁室
 

  一部では、(早くも)2002年度最大の話題作と評判の大作。とはいえ、ネットでもそれほど大きく取り上げられておらず、大部過ぎて読むのをためらう人も多いのだろう。
 イスラム暦1213年(西暦1798年)、ナポレオンのエジプト侵攻を待つ、オスマントルコ庇護下マムルーク朝末期のカイロ。
 アラビアンナイトという言葉どおり、ここで語られるのは、語り部が夜毎に紡ぎだす3つの物語である。ナポレオン襲来で、崩壊の危機に怯えるカイロの閣僚は、部下に請われるまま、読むものを破滅させる物語を、口承から文字に記録させている。その物語とは――
 異教の蛇神に惹かれて魔道士となる醜い王子、生まれ育った森から捨てられる白子の少年、王家の血筋を引きながら詐欺師の一団で育てられた美少年、彼らはやがて、砂漠に眠る魔界のウィザードリイ的地下都市で1000年の時を経て出会い、運命の戦いに導かれ…。
 ――処女作以来、作者が得意とする架空の歴史、史実、記録の世界を、アラビアンナイト(この場合エジプト)に敷衍した内容といえる(架空の翻訳書というスタイル)。本作の大半は、物語の中の物語である上記3つ(で1つ)のファンタジイに費やされている。物語構造は、実は1重ではない。語られる物語の中で編まれた、また別の書物が、お話の最後で重要な意味を持つようになる。
 文章は硬くなく、しかし執拗ではある。飛ばし読みには不向き。とはいえ、帯にある1980枚というのは嘘なので、長さに怯えることはない。23字×21行×2段×647頁では、1560枚にしかならないのである(といっても短くはないが)。まあ、原作の空白ページを省いたとあるので、そこを数えれば400枚あるのかも。

bullet 『砂の王』との関連性を指摘するレビュー
『砂の王』はウィザードリイのノベライズとして書かれた未完の作品。作者が本作品を過去の著作に含めていない理由は、そんなところにあるのかもしれない。

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