2007/8/5
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『星ぼしの荒野から』(1981)と『たったひとつの冴えたやりかた』、『すべてのまぼろしはキンタナ・ローの海に消えた』(1986)の間に出た、ティプトリーの第2長篇にあたる作品だ。第1長編はある種実験的な作品だったのに対し、8年後の本書からは十分に完成された印象を受ける。
銀河辺境の星ダミエムは、悲惨な過去を持つ惑星だった。抽出された体液が巨万の富を産み出す源と判明した結果、知性を持つ美しい妖精のような現住生物たちが情け容赦なく虐殺されたのだ。今では厳重に封鎖され保護惑星となった世界に、ノヴァ爆発のオーロラを見物するため、選ばれた訪問者たちが数年ぶりに訪れる。10代の俳優男女2組と監督、ベッドで昏睡したままの妹と富豪の姉、少年領主、彫刻家、元教授、研究者、間違って下船した水棲人、そして出迎える3人の駐在保護官。しかし、今にも上空を覆う光の乱舞を前に、彼らを揺るがす陰謀が進められていた。
SFのお話作りは、時に舞台劇のような誇張と省略を伴うことがある。本書の場合も、すべての登場人物に悲劇的な背景と運命が定められており、それらが次々に明らかにされていく。抽出された体液の秘密(銀河中の富豪が金を厭わずに手に入れようとする)、ノヴァ爆発の真相(宇宙戦争末期に人為的に破壊された)、各人物の隠された過去や才能など、伏線に無駄がないのも特徴といえる。短編集ほどのバラエティは感じられないが、晩年(1987年に71歳で自殺)の作品が持つ雰囲気(諦観や厭世観)を読み取ることも可能だろう。
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2007/8/12
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『スペシャリストの帽子』(2001)に続く、ケリー・リンクの第2短編集である。ケリー・リンクは、出自から見ると純粋のSF畑のように思えるが、中身は少し違っている。たとえば、芥川賞作家の川上弘美がお茶の水女子大のSF研出身だったという程度の類似性はあるかもしれない。
妖精のハンドバック(2004):おばあちゃんが語る、村一つ入ってしまうという家宝のハンドバッグのお話
ザ・ホルトラク(2003):地の果てでゾンビたちが出入りする終夜営業のコンビニ
大砲(2003):1門の大砲と生活する人々に関する問答
石の動物(2004)*:長距離通勤する男が住む郊外の邸宅は何物かに憑かれていた
猫の皮(2003)*:魔女が毒殺された後、養子だった子供は猫の皮を被って復讐の旅に出る
いくつかのゾンビ不測事態対策(2005)*:刑務所から出てきたばかりの男は、郊外のパーティに紛れ込み一人の女と自身の来歴を語る
大いなる離婚(2005):死者の女と生者の男が霊媒に離婚を相談する
マジック・フォー・ビギナーズ(2005)*:TV番組に興じる少年は、ある日母親の大おばが亡くなり奇妙な遺産を相続したことを知る
しばしの沈黙(2002):地下室でゲームをする男たちが聞く入れ子構造のお話
*本邦初訳
一見ファンタジイのように見えて、ケリー・リンクの小説は現実のどこかと結びついている。ゾンビが出入りするのはコンビニだし、ウェブサイトや連続TVドラマ(ケーブルTVの空きチャンネルでゲリラ的に放送される)が登場する。SFでおなじみの時間の非均一性が語られる。生者と死者は対等で、憑かれた家では兎が暗躍するがそこに正邪の区別はない。いわゆる類型がない点こそ、この作者最大の持ち味といえる。
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2007/8/19
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一見何の関係もなさそうなこの2冊だが、その出自には関連があるのでまとめて取り上げてみた。福田和代は創作サポートセンター(旧大阪シナリオ学校エンターテインメントノベル講座)の出身で、講師(関西在住の作家多数が参加)である青心社の青木社長と知り合い本書を出版するに至った。一方の藤野恵美は大阪芸術大学文芸学科卒で、眉村卓(客員教授)の指導を受けてきた。両者とも、大学クラスの創作教育を受け、文章に対する技術的な基礎を持った作家なのである。
Visibility Zero(視界ゼロ)。台風が接近する関西空港は、連絡橋が閉鎖され陸の孤島と化していた。そこに香港を立った中型旅客機DC-9がハイジャックされ緊急着陸する。成功確率の極めて低いハイジャックで、犯人は何を狙うのか。しかし、制圧を目指す大阪府警SAT(特殊部隊)は思わぬ妨害を受け管制塔を奪われる。そして、彼らの要求は金融ネットワークの根幹を揺るがすものだった。
福田和代は本書がデビュー作になる。関西空港を巡る航空サスペンスと、ネットワークに潜むハッカーを追跡する過程が2重に絡み合う。こういったプロットを破綻なく纏め上げる技術は、なかなか自己流だけでは身につかない。警察側にはかつて同窓だったキャリアと一刑事、犯人側では二重スパイと謎のハッカーが登場し、これも結構複雑な人物模様となる。航空関係は取材、ネットワーク関係は自身の専門というコンビネーションも良かったのだろう。
さびれかけた地方都市で、ペットボトルロケットに興じる子供たちに降りかかるUFO目撃事件。事件はTV局の強引な取材や、怪しげなUFO研究家を巻き込んで大騒動と化していく。けれど、彼らが見たUFOの正体は分からないままだ。そんなとき、一人のフリーライターが考え方のヒントをくれる。
藤野恵美は2003年にデビュー後、既に16冊の著作がある。児童文学系の新人賞からスタートしたため、著作はティーン向けが多かった。2月には一般向けミステリ『ハルさん』(東京創元社)も出ている。それだけ実績のある作家だが、本書は冷静な反ニセ科学*の立場で書かれていると話題になった。しかし、そこだけを読むのは偏りすぎだろう。作者にはSFの基礎教養があるのだから、本書の書かれ方はむしろ当たり前といえる。
*ニセ科学=立証できない事象を、同じく立証できていない事象であたかも科学的であるかのように説明してしまうこと。例えばUFOは宇宙船である、スプーンを曲げたのは超能力である。
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2007/8/26
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歴史的な3部作である。『ピラミッドからのぞく目(上下)』、『黄金の林檎』、『リヴァイアサン襲来』の3つのパートに分かれているが、もともと1つの長編として書かれたものだ。この本が初めて(少なくともSF界に)知られたのは、1976年4月号(2月発売。米国で出たのが75年9月なので5ケ月後)のSFマガジンである。当時25歳だった黒丸尚(LEO)が、荒唐無稽でオカルト趣味満載の陰謀小説としてあらすじを紹介している*。メジャーな出版社DELLから出ていた関係で、日本にも多く輸入されていた。
ニューヨークの雑誌社爆破で明らかになった謎の秘密結社イルミナティの存在は、遠くアトランティスの時代から連綿と続く大規模な地球的陰謀に結びつくものだった。アフリカの小国で起こるクーデター、暗躍するスパイ、世界の若者を救済しようとするロックバンド、しかしドイツのバヴァリアの地で開催される野外ロックコンサートは、地球征服のための隠れ蓑だった。それを阻止すべく、イルカとともに黄金の潜水艦で立ち向かうアナーキストの前には、巨大な海棲生物が現われる。
本書を執筆した当時のシェイとウィルスンは無名の新人だった。本書には、世界のさまざまな怪しげな宗教や伝承、SF、ホラー(ラヴクラフトのクトゥルー神話も織り込まれている。マッケン、ビアスの諸作にも言及)、疑似科学から擬似宗教まで凡そあらゆるものが投入されている。当然その中身は浅く(いいかげんで)嘘っぽいが、これはむしろ作者の意図通りなのだろう。事項の羅列といったほうが良いプロットで、ストーリーを楽しむ作品ではない。しかし、本書を契機にゲームや演劇がヒットし、無数の陰謀説(謎の数字23など)やニューエイジの宗教にまで影響が及んだことも事実だ。30年後の翻訳となったが、最初の本格的な陰謀小説として、今でも意味があるだろう。
*SFスキャナー欄=団精二(荒俣宏)の代理で執筆。「SFなんぞ、いい年して読み続けてるなんざ、大体から幼児趣味なんだろう」という書き出しで始まる軽薄調だったため、平井和正ら作家からクレームがついた曰く付きの内容。
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