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著者のロバート・リードは本書が初の長編紹介になる。アメリカ作家で1986年に「L・ロン・ハバート未来の作家コンテスト」でデビュー、1995年に本書がフランスのイマジネール賞を受賞した以外では短編が年刊傑作選に選ばれることも多く、どちらかといえば短編作家のようだ。ファンタジイ作家のテリー・グッドカインドと同郷。何れにせよ日本ではあまりなじみはない。 並行宇宙に存在する無数の地球、それら全てを結ぶ“門”のシステムは遥かな古代に<創建者>によって作られたと信じられている。始原を求めて、門から門へと旅する者たちは<巡りびと>と呼ばれる。訪れる地球に何らかの技術を与え、次世界への門の建造を促し、また旅立っていくのだった。さまざまな気候、地形、進化形態の異なる人々を交えて、旅は100万もの地球に及ぶ。しかし、そんな旅人たちの活動に異変が起こる…。 確かに、こんな並行世界ものは初めてだ。たとえば、ダン・シモンズ<ハイペリオン>シリーズに出てくるウェブの門は、空間的に離れた世界をつなぐものだった。他でもせいぜい時間の門であって、本書のような並行宇宙をつなぐゲートというものはない。伊藤典夫さんの目利きで見出されただけのユニークさ(いわゆるオンリーワン性)はあるだろう。とはいえ、ここに描かれた物語は、残念ながら設定から想像されるほど広がりを見せない。善意による世界干渉の意味を問題提議し、個人的苦悩に収束してしまう。
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SFマガジン等で断片的に翻訳されてきた段階(下記を参照)では、なかなか作者の持ち味がつかめなかった。ひたすら不条理、ジャンル不詳、その割に妙にリアルで突き放した結末。 表題作はこんな調子。巨大なお屋敷で死人遊びをする双子、「スペシャリストの帽子」とは父親が研究する無名の詩人の詩だという。でもベビーシッターは、それが魔法の存在だという。ティプトリー・ジュニア記念賞を受賞した「雪の女王と旅して」はこんな話。恋人が白鳥に引かれた橇にさらわれた。主人公(ちなみに本書の主人公はすべて女性)は地面に撒かれたガラスの断片を素足で踏みしめ、血を流しながら追いかける。その途中で彼女はイバラ姫、山賊の娘、魔法をかけられてトナカイにされた王子、魔法使いのおばさん、そしてついに雪の女王と出会うが、その誰からも彼はあんたなんて愛していないと忠告される。それじゃ何のためにここまで? ネビュラ賞を受賞した「ルイーズのゴースト」は、親友で同名の2人の女性のお話。1人はシングルマザーでチェリスト(複数)にご執心。もう1人の家に裸のゴーストが出現する。さまざまな魔除けも効果なく、次第に毛深くなるゴースト。しかし、ある日のプライベートパーティの行き違いで、2人の仲は急転する…。 スタージョンなどの「奇妙な味の小説」とは違うし、ひたすらナンセンスを追求する「奇想小説」でもない。全くありえないお話(噛みつく帽子? 犬みたいなゴースト?)なのに、今そこにいる誰かのお話のようにも読める。まずは、主人公たちのしたたかな生き方に注目すべきだろう。そもそも現在なんて、ありえないことの方が当たり前、ファンタジイ/SF/ホラーの混交も当然、これこそ21世紀を生き抜く究極の私小説と言えなくもない。
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この題名で出版されたのは比較的最近のこと(1999)だが、中身は、著者の最初期に属する短めの長編『太陽に噛みつくな』Don't Bite the
Sun(1976)と、『サファイア色のワイン』Drinking Sapphire Wine(1977)の合本である。タニス・リーには多くの著作があり、翻訳も多いが最近7年間ほど紹介が途切れていた。本国では、昨年だけでも単行本8冊、中短編併せて10編近くと旺盛な活動を続けており、むしろ本が出すぎて翻訳が進まないのかもしれない。 遠い未来、人類は死からも犯罪からも解放されている。擬似ロボット(アンドロイド)により管制された都市は秩序と安定をもたらし、人々は放蕩に耽り無意味な労働の真似事をするだけ。しかし、楽園都市のすぐ外には、果てしない砂漠が広がる。主人公はジャングと呼ばれる若年層に属し、肉体や性別の改変に明け暮れていた。そんなある日、彼/彼女は不毛と思われていた砂漠で不思議な現象と出会う。 タニス・リーの場合、硬質で寓話的なファンタジイに定評がある。そういう意味では、本書からいつもの雰囲気があまり伝わってこず、自暴自棄な若者(?)描写に情感を感じさせたりするのは、本格デビュー直後の初期作だからかもしれない。
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単行本未収録作品集。正確には、一部アンソロジイ収録作も含むので、著者単独の短編集に未収録のものと言ったほうがいいだろう。全部で200ページあまり(量的には長めの中篇1編分ぐらい)に、ショートショート10編、短編3作を収めている。書かれたのは古いもので1982年、新しいものでも1988年、20年前後を経たものばかりである。この本は、そういうヴィンテージ的価値を意識して、ソフトカバーながら箱入りで同人誌の限定本を思わせる。ただ、最新の短編集『小指の先の天使』と本書を併せても、まだ80年代の未収録作品は残る。 さて、本書の中での注目作は、やはり表題でもある「麦撃」(対立する2国の消耗戦を背景に、麦を燃料に飛ぶ幻想的な爆撃機を描く)と、4分の1、50ページを占める「射性」(性的欲望が死に直結する世界を描く)だろう。どちらも、攻撃/戦争という古いテーマをいかにも神林的に処理した好編。長編の場合これほどストレートに表現されないので、その点本書の分かり易さは従来の著作に勝っているといえる。
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帯には60もの文学賞が書かれていて、一見文学賞ガイドブック風。しかし、本書の白眉は、やはり芥川賞、直木賞斬りまくり(特に選考委員)と、ミステリ関係の複雑怪奇な賞の関係を解き明かす件。 終身選考委員(芥川/直木賞は、本人が辞めない限り死ぬまで務められる)の老害、長い本が読めないジュンちゃん(渡辺淳一)、現代文学が理解できないテルちゃん(宮本輝)、いつでもエラそうなシンちゃん(石原慎太郎)などなど、実際の選評を引きながらの分析はなかなか含蓄があります。 純文系新人賞なら群像新人賞。選評読むなら芥川賞より三島賞。乱歩賞をはじめ、ミステリ系老舗新人賞はどれも冴えず。ホラーは売れる打率が高く(超常ホラーならホラー小説大賞、サスペンス寄りのホラーサスペンス大賞)。常識破り、型破りならメフィスト賞。世界水準が読みたければファンタジーノベル大賞…などなど、各賞の事情と経緯が詳細に書かれていて興味深い。対談形式ですが、文学系が豊崎、エンタメ系(ミステリ/ホラー/SF)は大森というラフな分担で、当事者にしか分からない内情も豊富。エライ先生や、顔の見えない編集者の雰囲気まで分かって楽しめます。脚注の作りなんか、なんとなくファンジン風ですね(「事実以上」の説明がありマニアック)。 最後に、理想の受賞暦というのがあって、純文学なら、文學界/群像新人賞→芥川賞/三島賞→讀賣文学賞/野間文芸賞→ノーベル賞。エンタメ(エンターテインメント)なら、乱歩賞→推理作家協会賞→直木賞→吉川英治文学賞→芸術選奨→文化功労者(大衆文化の功労者)だとかで、うーん。 ただ、一般読者が本書に出てくる作家の名前をどれくらい知っているかが問題。評者も(メフィスト系の一部を除く)ミステリ作家は、名前くらい知っていても、読んだことのない人が大半です。予備知識が少ない初心者ではネタで笑うのも難しい。お奨め対象はちょっとは読んでる中級以上の読書家でしょう。あと巻末の採点も参考になりますが、本文中で触れている各賞でのお奨め作も、表になっていた方が読者向けには親切だったかもしれません。
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