|
||||
浅倉久志による日本オリジナルの短編集で、テーマは“ユーモア”である。編者にとって、ユーモアは特別な意味を持つテーマだろう。『ユーモア・スケッチ傑作展』(1978〜83)をはじめ、ハヤカワ文庫で3冊のアンソロジイを編んでいるほか、SFでは講談社から『ユーモアSF傑作選』(1980)を2冊出している。ミステリ風、ホラー風、SF風と別れるものの、何れもジャンルを超えた奇妙で、どこか哀切さを感じさせる作品が収められている。という意味では、いわゆる“バカSF”とちょっと異なる風合いなのである。 ネルスン・ボンド「見よ、かの巨鳥を!」(1950)*:宇宙のかなたで巨大な物体が発見される。それは鳥の形をしていたが ヘンリー・カットナー「ギャラハー・プラス」(1943)*:酔っ払って意識を無くしたギャラハーは、驚くべき大発明を成し遂げる シオドア・コグスウェル「スーパーマンはつらい」(1954):旧人類との衝突を避け、宇宙に脱出した超能力者の見たもの ウィリアム・テン「モーニエル・マサウェイの発見」(1955):貧乏なへぼ画家の前に現われた未来人の語った史実とは ウィル・スタントン「ガムドロップ・キング」(1962):少年が森の中で出会った宇宙人の子供に教えられたこと ロン・グーラート「ただいま追跡中」(1966)*:行方不明の金持ち令嬢の調査を命じられた探偵の前に立ちはだかるもの ジョン・スラデック「マスタースンと社員たち」(1967)*:意味不明の仕事を命じられた社員たちの困惑 ジョン・ノヴォトニイ「バーボン湖」(1952):アルコールを禁じられた夫たちがたどり着いたリゾートの湖 ハーヴェイ・ジェイコブス「グラックの卵」(1968)*:亡くなった博士から託された絶滅種グラックの卵にまつわる騒動 *本邦初訳 「見よ、かの巨鳥を!」も、こうして読むと堂々としたSFに見える(もちろん、アイデアはとんでもなく馬鹿馬鹿しい)。カットナーは、典型的なマッドサイエンティストものながら主人公は間抜け。コグスウェル、テンも憎めず/怒れない運命の哀しさが絶妙。白眉はスラデックで、いかにもニューワールズ誌らしいニューウェーヴ風不条理が“ユーモア”と形容するしかない表現で描かれている。そういう点ではジェイコブスも艶笑風不条理小説なのだ。何れも編者の趣味の良さを感じさせる完成度の高さで、八方破ればかりが奇想ではないことが分かるようになっている。
|
|
||
1989年に出た『異世界分岐点』から6編中3編を残し、新作3編を加えた新版である。同一テーマで、このような編み方をする例はあまりないだろう。17年を経て、新規に加わった作品と昔の作品との対比がより印象的になっている。 「血ィ、お呉れ」(1988)*:戦災から焼け残った古い住宅街の奥に潜む、妖怪じみた化け物の叫び 「夜風の記憶」(1979)*:中年になって大阪を訪れた男が迷い込む、かつてアルバイトをしていたキャバレー 「超能力訓練記」(1978)*:ふとしたことから超能力の訓練を受けることになった男が知ったこと 「エイやん」(2002):妻を亡くした主人公は、もう一つの自分の半生に彷徨いこむ 「芳香と変身」(2003):ある匂いを嗅ぐことで若返った老人が選択する人生 「マントとマスク」(2003):正義を執行するために与えられたヒーローのマントとマスク *単行本初収録時の年 前半は著者が若かったころ(20代)の経験を、40から50代に描いたものだ。最初の作品は、会社で社宅に入っていたころ(1960年前後)、2番目は大学生時代(1950年代半ば)、3番目は自身の体験というより1970年代の急激な変化を揶揄した内容である。一方、「エイやん」は2003年の自分が、さらに若い戦争中・小学校時代まで遡る半生を再演する(それも半ば実在/なかばフィクションの実在の地域を舞台にする)、もし自分がこのまま若返ったらという「芳香と変身」、強力な力があっても、誰かから指図されるだけなら意味があるのかと問う「マントとマスク」等の後半は、人の一生を省みることの意味を示唆してくれる作品である。
|
|
||
仁賀克雄によるリチャード・マシスン短編集である。一応底本(The Shores of Space)はあるが、下記の通り5編が省かれ8編が追加され、収録作の順序も異なっている。本邦初訳はないものの、多くは訳者による新訳である。事実上、編者によるオリジナル短編集といえるだろう。 男と女から生まれて(1950)*:異形の子供の独白による恐怖に満ちた日々 血の末裔(1951):吸血鬼に憧れる子供のありさま こおろぎ(1960)*:一人の男が解読したこおろぎの鳴き声の秘密とは 生命体(1954):砂漠のガソリンスタンドに潜む罠に囚われた夫婦の運命 機械仕掛けの神(1963)*:ある日自分が機械だと気がついた男 濡れた藁(1953)*:妻を失った男は、どこかから藁の匂いを感じるようになる 二万フィートの悪夢(1962)*:自殺願望を秘めた男が旅客機の翼の上に見たもの 服は人を作る(1951):常に完全な服装にこだわる男の秘密 生存テスト(1955):老人が生存するためには、テストの合格が必須となった未来 狙われた獲物(1969)*:母親の干渉を嫌う娘が、恋人のために買った人形 奇妙な子供(1954):次々と記憶を失っていく主人公がたどり着いた先とは 賑やかな葬儀(1955):生きたまま葬儀を迎えたいと言うお客の友人たち 一杯の水(1967)*:夜中に水が飲みたくなった男の行動 生き残りの手本(1955):作家が作品を書き、ポストに投函するが 不思議の森のアリス(1953)*:主人公が森の中で見たのは御伽噺に出てくる家だった 不法侵入(1953):6ヶ月会っていなかった妻が身籠ったものとは *オリジナルにない短編(2編を除いて訳者による新訳) 処女作「男と女から生まれて」、アイデアが有名な「服は人を作る」(服こそ人なり)、ディック的な恐怖を描く「機械仕掛けの神」、トワイライト・ゾーン(ミステリ・ゾーン)の脚本で知られる「二万フィートの悪夢」(スタートレック以前のウィリアム・シャトナーが演じていた)などが収められている。ただし、他でも収録されている有名な作品は(意識的に?)外されているためベスト短編集とまでは言えず、やや中途半端な印象が残る。翻訳も作品によってばらつきがあるようだ。
|
|
||
6月に出た本。柴田元幸によるオリジナル・アンソロジイである。中身は、9つの物語からなるファンタジイ集。これだけ精神医学や科学が進んだ今の我々にとっても、未だに見えない“どこにもない世界”を描いた、現代アメリカ幻想小説である。 エリック・マコーマック「地下道の査察」(1987):辺境にある地下牢を監視する男の日常 ピーター・ケアリー「“Do You Love Me?”」(1979):地図製作者の仕事と非物質化する国土の崩壊 ジョイス・キャロル・オーツ「どこへ行くの、どこに行っていたの?」(1963):15歳の少女の家に、ある日奇妙な二人組みの男たちがやってくる ウィリアム・T・ヴォルマン「失われた物語たちの墓」(1989):無数の失われた物語につきまとわれるエドガー・アラン・ポーの生涯 ケン・カルファス「見えないショッピング・モール」(1998):マルコ・ポーロがジンギス汗に語る、無数のショッピング・モールの物語 レベッカ・ブラウン「魔法」(1996)*:全身を甲冑で覆われた女王に囲われた男は、鎧の中身を知ろうとするが スティーヴン・ミルハウザー「雪人間」(1981):大雪の後に、町中で息づく雪の生き物たち ニコルソン・ベイカー「下層土」(1994):ホテルに宿泊した男に襲い掛かるあるものとは ケリー・リンク「ザ・ホルトラク」(2003):世界の果てに建つコンビニに勤める青年と店長、一人の女性の日常 *本邦初訳 マコーマックは、最近『隠し部屋を査察して』(1987)が文庫化されたが、「地下道の査察」はその表題作である。奇想アイデアを幻想的に描き出す手法で評判になった。ケアリーは、まるで飛浩隆の「数値海岸」のようだし(まさに70年代的)、オーツの静かな恐怖感はサイコ・ホラーの前兆を思わせる。カルファスはイタロ・カルヴィーノのパロディ。SFファンにもおなじみのミルハウザーは、描写が見事にきまっている。SF出身のケリー・リンクは第2短編集に収められた作品で、21世紀にもっともふさわしい小説かもしれない。本書の作品は、テーマとフィットするかどうかはともかく、いかにも現代を感じさせる洒落た幻想小説という共通点を持っている。読んでいて気持ちよい。
|
|
||
3月に出た『図書館戦争』の続編。今回は、登場人物たちの個性に注目した、エピソード全5作からなるオムニバスとなっている。 1)戦闘要員に配属されたことを両親に隠し通そうとする主人公の騒動 2)先輩教官と高校生の少女との密やかな恋 3)主人公の同期でシニカルな美女と付き合う実直そうな利用者の男性 4)巧妙な工作で誘導される図書館内部での派閥争い 5)優秀な同期生の隠したがる兄の正体 以上5編が時間順序に進んでいって、最後に1つの陰謀が暴かれるという筋書き。国家権力から独立した図書館制度を守るその組織の中にも、国家との融和を図ろうとする一派とあくまで独立を保とうとする一派がいて、互いに覇権を争っている。純真無垢な主人公も、やむなく対立に巻き込まれ…と、お話は「大人」の世界を垣間見せるようになる。とはいえ、それらが本物/リアルかといえば、まだある種のルールで作られた人工的なドラマに見える(TVドラマにならできそうだ)。しかし、これでいいのかもしれない。青春恋愛風のメインに加え、図書館世界を作者なりに構築するだけでも、架空の世界を作った価値が出てくるからだ。
|
|
||||
9月に出たフィリップ・リーヴのジュヴナイル/児童小説である。創元推理文庫は、これまでも児童書を大人向きの文庫として出してきたことがある。例えば、スーザン・プライス『500年のトンネル』がそうだった。そもそもハインラインの長編の多くはジュヴナイル(例えば、『ラモックス』、『銀河市民』、『宇宙の戦士』などなど)だったのだから、あえて区分けする必要もないかもしれない。 舞台は30世紀を過ぎたいつかの時代。60分戦争で世界は滅び、生き残った人類は巨大な移動都市の上で暮らしている。無数のキャタピラや車輪で、文字通り移動する都市ロンドンでは、科学ギルドが戦争前の失われた技術の修復に成功する。激しい生存競争を繰り広げ、都市同士を喰い合う移動派、空を自由に飛ぶ飛行船乗りたち、海賊的な移動都市と対立する反移動都市同盟。陰謀と隠された過去の秘密を交えながら、物語は最後の対決シーンへと進んでいく。 どことなく初期の宮崎アニメを思わせる設定である。移動都市や兵器の描写など、半ばデフォルメされた(リアルではない)小道具と、戦いのむなしさに対する思想が、そういう連想を誘うのだろう。主人公は少年見習い士、悲惨な過去を背負った娘、美貌のギルド長令嬢らを絡めた波乱万丈なお話となる。ただ、(ジュヴナイルである以上)陰惨な部分はほとんどなく、明快な筋立てで分かりやすい。 なお、本シリーズの第4部 A Darkling Plain は2006年のガーディアン児童文学賞を受賞している。
|
|
||
世には熱烈なシャーロキアン(監訳者もシャーロキアン)が大勢存在するし、そこまで行かなくともシャーロック・ホームズの知名度は非常に高い。
というわけで、ホームズのパスティーシュ/贋作アンソロジーは数多く出版されてきた。正統派のミステリの他、本書のようなSF作家が書いた変格ものも存在する。アンソロジイが本業のグリーンバーグと、SF作家のレズニックが組んで、プロやセミプロ作家
(日本で知られていない作家が大半)まで動員して作られたのが本書。井上雅彦の異形コレクションと似ているかもしれない。コナン・ドイル家の公認という意味で“世界初”としている。 (上) ジョージ・アレック・エフィンジャー「マスグレーヴの手記」:若き日のホームズとフー・マンチューとの出会い マーク・ボーン「探偵の微笑み事件」:ホームズの下に現れた大人のアリス ウィリアム・バートン&マイケル・カポビアンコ「ロシアの墓標」:シベリアの原野に隠された秘密 ヴォンダ・N・マッキンタイア「“畑のステンシル模様”事件」:玉蜀黍畑に描かれた“サイン”の正体とは ローラ・レズニック「行方不明の棺」:依頼者は自分の棺の行方をホームズに託すが マーク・アーロンスン「第二のスカーフ」:ある日訪れた依頼人は、とても人とは思えない異形をしていた フランク・M・ロビンスン「バーバリー・コーストの幽霊」:失踪したアイリーン・アドラーの妹の運命 ブライアン・M・トムセン「ネズミと名探偵」:冴えない2流探偵になぜかホームズからの依頼が舞い込む ディーン・ウェズレイ・スミス「運命の分かれ道」:タイタニック号の大惨事を生み出す原因とは ジョン・デチャンシー「リッチモンドの謎」:タイムトラベラーから託された手紙の中身 リーア・A・ゼルデス「サセックスの研究」:養蜂家となった老境のホームズから呼び出されたワトスン (下) ゲイリー・アラン・ルース「数の勝利」:犬の誘拐事件から始まる奇妙な複製事件 ローレンス・シメル「消化的なことさ、ワトスン君」:チャールズ・ドジスン(ルイス・キャロル)の行方を捜すホームズ バイロン・テトリック「未来の計算機」:バベッジの息子が保管していた未完成の計算機が盗まれる スーザン・キャスパー「思考機械ホームズ」:ホームズをシミュレーションするプログラムが開発されるが クレイグ・ショー・ガードナー「シャーロック式解決法」:休暇から戻ると、研究所の全員がホームズになっていた デイヴィッド・ジェロルド「自分を造った男」:ワトスンの遺産として秘匿された驚くべき文書の中身 クリスティン・キャスリン・ラッシュ「脇役」:未解決の連続殺人事件を解明するため、ホームズが過去から呼び出される ジャック・ニマーシャイム「仮想空間の対決」:プログラムのホームズが、プログラムのモリアーティと対決する ラルフ・ロバーツ「時を超えた名探偵」:未来の火星から事件の解決を依頼されるホームズ ジョジーファ・シャーマン「シュルロック族の遺物」:異星人の遺跡を盗掘した犯人の正体 アンソニー・R・ルイス「不法滞在エイリアン事件」:事件解決のためプログラムで復活したホームズの活躍 バリー・N・マルツバーグ「五人の積み荷」:恒星船で起こった殺人事件を調査するマシンのホームズ ロバート・J・ソウヤー「未来からの考察」:未来に運ばれたホームズが選んだ運命とは ジャニ・リー・シムナー「幻影」:降霊術の会に出席したコナン・ドイルの聞いた声 マイク・レズニック「“天国の門”の冒険」:天国に昇ったホームズが解決する難題 以上、26編が収められている。類似したアイデア(アリスやバベッジ)もあり、かつ作品のレベルもばらつくが、さすがにテーマがホームズだけあって、不統一という印象はない。 マッキンタイア、ジェロルドは類型パターンに批判的な作品、ソウヤーやエフィンジャーは手馴れたプロ作家なりに原作の新解釈を見せてくれる。スミスとラッシュは泣かせる話になっている。トムセンやルース、ガードナーなどはお笑いネタだが、「パロディ」を感じさせるほどではないだろう。
|