2006/3/5

Amazon『ページをめくれば』(河出書房新社)

ゼナ・ヘンダースン『ページをめくれば』(河出書房新社)
Turn the Page and Other Stories,2006 (中村融編、安野玲・山田順子訳)

カバー装画:松尾たい子、シリーズ造本設計:阿部聡、ブック・デザイン:祖父江慎+安藤智良(コズフィッシュ)


 ピープル・シリーズ (19世紀に地球に不時着し離散した異星人たち、彼らの姿は地球人と変わりないが不思議な能力を持っていた。恩田陸の常野物語が、このシリーズの影響下に書かれたことは有名)で著名な作者の、日本オリジナル作品集。 実質4冊しか出ていない(他は再編集もの)著作のうち、日本では3冊までが翻訳されているのだから、そもそも人気が高い作家だった。しかし、20年前に著者が65歳で亡くなって以来、翻訳の出版も途絶えたままだった。編者によると、ヘンダースンが書いた作品は、生涯合わせても中短編54編のみである。本書は、その中から著者の特質を伝える11編を幅広く選んでいるという。

 忘れられないこと(1968)*:ある能力を持った子供が助け出す意外なもの(ピープルもの)
 光るもの(1960):貧しい少女が泊まった大きな家の女主人の秘密
 いちばん近い学校(1960)*:田舎町の学校に転入してきた紫色の生き物
 しーッ!(1953):ベビーシッターの看ていた少年が創造したものとは
 先生、知ってる?(1954)*:家庭に問題がある少女からの訴え
 小委員会(1962):決裂寸前の異星人との交渉の裏で進む子供と母親の交流
 信じる子(1970)*:人のことばを疑いなく信じ込む少女が得た究極の呪文
 おいで、ワゴン!(1951):子供だけが知っている不可思議なパワーの顛末
 グランダー(1953):崩壊寸前の夫婦の絆を取り戻す異次元の魚
 ページをめくれば(1957):子供たちを本当に変身させる魔法の教師の思い出
 鏡にて見るごとく――おぼろげに(1970):視野の周辺に遠い時代の光景がよみがえって見えたとき
 *本邦初訳

 著者は専業作家ではなかった。大半を学校教師として過ごし、合間に小説を書いていた。それも、学校や子供たちをを題材にした作品が多く(ピープル自体も同様)、幅広いテーマを持っていたわけではない。残念ながら11編には世評を覆す新発見はないが、中では「おいで、ワゴン!」(デビュー作)、「ページをめくれば」、「鏡にてみるごとく―」が印象に残る。これに未収録の「なんでも箱」(1956)を加えれば、ヘンダースンのベストになる。一方、ピープルものは設定のユニークさから、今でもファンが多い。本の入手も容易だろう。

bullet 著者のファンサイト
詳細な書誌(短編を含む全部の著作リスト:著者が教徒だった関係で、モルモン教系大学のデータベースに収録されている)
 

2006/3/12

Amazon『レフト・アローン』(早川書房)

藤崎慎吾『レフト・アローン』(早川書房)


Cover Direction:岩郷重力+Y.S、Cover Design & Photo Complex:瀬戸羽方+WONDER WORKZ。


 日本だけの話だが、第26回日本SF大賞(『象られた力』)や、「SFが読みたい!2006年版」(『老ヴォールの惑星』)のベストSFが短編集だったように、国内外の作品を問わずSF界では短編集の評価が高い。昨今小説雑誌の役割/雑誌を読まなければ、最新状況に付いていけないというような強迫観念は、著しく縮小/減退している(この点は英米も同じ)。読者が中短編に触れる機会が、短編集のみに凝縮された結果かもしれない。

 レフト・アローン(1995/2000):各国の利害から、小規模な紛争が頻発する火星の戦場で戦うサイボーグ兵士
 猫の天使(2000):教会に潜むテロリストを見つめる一匹の猫が視たもの
 星に願いを ピノキオ2076(2001):摘発を逃れた人工知能が求めた究極の隠れ家
 コスモノーティス(2002):宇宙空間に適応した異形の人類が目指す深宇宙
 星窪(書き下ろし):奄美大島に隠棲した画家が予見した宇宙からの知らせとは

 「レフト・アローン」は「宇宙塵」(「SFマガジン」に転載)に掲載された著者の処女短編であると同時に、「SFが読みたい!2000年版」でベストに選ばれた『クリスタル・サイレンス』(1999)に連なる作品だ。著者は科学ジャーナリストではあるが、本書の作品が過度にハードSFというわけではない。小さなアイデア(猫の視ているものが人にも見えたら、隕石の記憶が感じ取れたらなどなど)がリニアに展開され、読みやすく分かりやすいものとなっている。中には「コスモノーティス」のように、未来の人類を扱いながら、心理は現在と類似といった物足りなさも感じる。しかし、著者の追求するテーマは“異質さ”よりも“同質さ(共感)”にあるのだから、納得できないものではないだろう。

bullet 著者の公式サイト
bullet 宇宙塵の紹介サイト

2006/3/19

Amazon『図書館戦争』(メディアワークス)

有川浩『図書館戦争』(メディアワークス)


装丁・デザイン:鎌部善彦、イラスト:徒花スクモ


 怪獣が出てこない普通の小説、と作者あとがきにあるが、独特の発想はやはり有川流だろう。
 別の歴史を歩んだ日本、「メディア良化法」の下に良化特務機関が設けられ、有害図書の検閲/没収を行う。しかし、「図書館の自由法」に従う図書館だけは、そのような暴力から独立していた。検閲が武力を伴って実施されるのに対抗して、図書館は独自の“専守防衛”に従う軍事組織を設けるまでになる。有害図書の摘発と、読書の自由の戦いは続く。
 図書館が自衛軍を持って、有害図書を没収しようとする軍事組織と戦いあう、一方図書館は既存の図書館として機能している。社会的な設定だけ見れば、どう考えても荒唐無稽でほとんどありえない(知識の保管庫である「武装された図書館」は、SFのシチュエーションとしてはありえるものの、今とは全く異なる社会体制が前提)。とはいえ、分かり易い「本を守ること」(本好きは性癖として、本が大量にあるところ、書店/図書館/蔵書が大好き)がテーマなので、ありえなくとも共感を持って読めるのだ。そこにおっちょこちょいの女性新入隊員(図書隊員に対する憧れを抱いている)と堅物の上官、お喋りな親友などを交えて、高校生(中学生?)のようなナイーヴな青春物語が描きこまれている。読後感は爽やか。

bullet 『海の底』評者のレビュー
bullet 図書館が出てくるSF

2006/3/26

Amazon『特盛! SF翻訳講座』(研究社)

大森望『特盛! SF翻訳講座』(研究社)


Cover Illustration:とり・みき、Cover Design:岩郷重力+WONDER WORKZ。


 SFマガジンに連載された「SF翻訳講座」(1989−1995)に、翻訳関係の文書やウェブのインタビューまで追加したエッセイ集。ただ、各章の表題をざっと見ると、実用書的な価値(人称代名詞の減らし方、会話の訳し方、役に立つ参考書などなど)も確かにある。そもそも連載時の得体の知れない若手翻訳家とは違い、今ではそれなりにサクセスしたライターでもあるので、内容に対する読み手の受け取り方も明らかに違うだろう。
 翻訳のノウハウ、翻訳環境(ワープロからPC)、翻訳生活者の実態と章立てられているが、一般論として書かれたものではなく、著者の半生(ファンジンを出していた高校生時代から含めて30年ほど)に基づいた“自叙伝”でもある。『現代SF1500冊』は、どちらかといえば、SF出版の動向を詳細にトレースした時評集だった。本書の個人的な係わりと併せて、はじめて80年代から今に至るSF界の実態(特にコアな翻訳関係)が明らかになる。
 しかし、こうして大森望の翻訳家(エッセイスト?)生活を見てみると、なるほど定期的に大病を患うのも当然と思える不健康生活。うーむ、こういう生活に憧れる人もいるでしょうけどね。

bullet 『現代SF1500冊』評者のレビュー
bullet 著者による本書紹介サイト

 山本弘と大森望では、ちょっと年代的に開きがあるかと思っていたけれど、今となっては大きな差はない(4年ほど)。ということからか、趣味や経歴の違いは別にして、本書と前掲書(『特盛!…』)はよく似たニュアンスで書かれている。つまり、SFは好きでなければやってられない、という主張である。
 前作『トンデモ本? 違う、SFだ!』(2004)以降の、「SF者の本棚」(「MONOマガジン」連載)掲載エッセイを中心とした内容で、今回は小説以外の映画編(『禁断の惑星』から『人類SOS』)、マンガ編(『サンダーマスク』から『ダークグリーン』)、テレビ編(『アウターリミッツ』から『プラネテス』)が半分を占める。メジャーではなく、マイナーでもSFマインド重視という姿勢は前回と変わっていない。
 マイナーといっても、山本弘の挙げる作家/作品は、同時代の読者であれば、ある程度知名度がある。そういう意味で、本書は特定のオタクの本ではなく、“一つの時代の代表”と看做せるわけである。高校生で触れた70年代のSFマガジンが、山本弘の人生を決定付けた。それは同時にSF高揚の時代と(後の)拡散の時代(あらゆるものにSF要素が拡散し、やがて境界が見えなくなる時代)と重なり合っている。
 さて、熱狂的なSFファンだった大森望と山本弘は、それぞれの方法でエスタブリッシュし、同じようにSF人生を回顧した。次の世代は、どんな半生を回顧できるだろうか。

bullet 『トンデモ本? 違う、SFだ!』評者のレビュー

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