2005/12/4

 「時間」SFの短編集。もっとも、そんなことは表紙にも帯にも書かれていない。ただし、ここで言う「時間」は意識の時間であって、物理的な時間移動を伴うお話ではない。

 1.ある日、爆弾がおちてきて:爆弾を自称する彼女は、病弱だったクラスメートに似ていた
 2.おおきくなあれ:記憶を一時的に逆行させる風邪が流行ったら
 3.恋する死者の夜:死者が当たり前のようによみがえり、主人公は死者の恋人を連れて遊園地に赴く
 4.トトカミじゃ:古い学校の図書館に代々巣くう小さな神様
 5.出席番号0番:肉体を持たない憑依人格がクラスメイトだったら
 6.三時間目のまどか:窓に映るどこか別の時間に住む彼女と連絡が取れたとき
 7.むかし、爆弾がおちてきて:戦争の爆心地にいた一人の少女が、時間の穴に閉じ込められていた

 このうち、6はストレートな時間(差)SF、7は梶尾真治「美亜に贈る真珠」(1971年発表。隔離された空間の時間経過を極端に遅延させれば、未来への片道時間飛行が可能になる。その時間飛行士と残された恋人の物語)のバリエーションだろう。これ以外は、アイロニカルなすれ違いの物語。シンプルなSF的アイデアをベースにした佳品が多い。ごく短いのだが、お話/登場人物ともに、妙に納得ができて楽しく読める。
 

bullet 著者の公式サイト

 

Amazon『さまよえる天使』(光文社)

柾悟郎『さまよえる天使』(光文社)


装幀:松田行正+中村晋平

 3年ぶりの作品集。2002年に『シャドウ・オーキッド』を出して以来、「小説宝石」に断片的に掲載していたオムニバス短編を集成し、加筆/書下ろしを加えたものである。オムニバスといっても、お話に連続性はなくベースの設定が共通する。

 1.ブレスレス:人気のない人家に敷き詰められた薔薇と一体の人形
 2.影とひとりぼっち:15歳になったばかりの少年が出会った、年上の女が住むマンションの一室
 3.球光:深いトンネルの奥に並ぶ彫像の群れ
 4.さまよえる天使:ハリウッドで仕事を探す女性コンビに、マネキン人形から仕事が舞い込む
 5.ダイアモンドと錆と:遺跡の年代測定を専門にする主人公が、中央アジアで見つけた木乃伊の秘密
 6.ブルームーン・ライジング:究極のアレルゲンレス料理を求めて、中国の裏町を探索する男女の目的とは
 7.ブエノスアイレスで私は死のう:南米ラプラタ湾を見下ろす古い教会に、古代から安置されていたもの

 肉体の生理作用が300倍遅い異種族(つまり、2万年余を生きる)、しかし、精神のスピードは常人と変わらず、精神力で人類を操ることもある。彼らは吸血鬼や悪魔とみなされた存在だ。ただ、本書の関心は異種族の生態や年代史にあるのではなく、彼らと関わりあう常人の一瞬の感情を描くことにある。ということなので、際立った新規性はあまりなく、まさに「不思議のひと触れ」の瞬間を味わうべき内容だ。
 

bullet 『シャドウ・オーキッド』評者のレビュー

 

 昨年大賞受賞作がなかった、日本ホラー小説大賞2年ぶりの受賞作品である。本書は、受賞作「夜市」(短編)と、書き下ろし中篇「風の古道」を収めたもの。

 「夜市」:ある日、夜市が開かれることが知らされる。それは、どことも知れない岬の先端で夜半に行われるという。知人の女性を伴って、主人公は異界の境界をまたぎ超える。魔物たちがあらゆる有形/無形の品物を商う夜市の中で、彼は少年時代の忌まわしい思い出を蘇らせる。
 「風の古道」:公園で迷子になった主人公は、誰も知らない抜け道を通って家まで帰った。その道は、まるで街中の裏道のようだが、舗装はされておらず、通る人もいないのだ。やがて、再びその道に入った主人公が出会った「道」に住む人々によって、古代からの秘密が解き明かされる。

 本書の本質は、ホラーというより、失われた日本を思わせる風景(異世界の夜店、現実世界のすぐ裏側を走る街道)に、主人公/登場人物が受けた、幼いころの精神的外傷をからませたファンタジイになっている点だろう。懐旧的な道具立ては、SFで言えばクリフォード・シマックを思わせる。特に「風の古道」は、『中継ステーション』(1963年発表。銀河の辺境にある地球には、宇宙ハイウェイの中継基地のみが置かれている。地球人はハイウェイに入ることはできず、旅人も地球に降りることはできない、というお話)の哀愁に近いものがある。ただ、架空世界を描写する文章自体、まだ完璧とまでいえない。選者が賞賛するほどは感心できなかった。
 

bullet 第12回日本ホラー大賞受賞作リスト

 

2005/12/11

 およそ20%の確率で大森望の遺作となる(可能性のあった)大著。1500冊と書いてあるものの、トータルで何冊言及されたのかも分からないくらい、多くの本(約1700冊)についてのレビューが掲載されている。
 さて、1996年はSF冬の時代の真っ只中。唯一アニメ「新世紀エヴァンゲリオン」が話題を呼ぶ(日本SF大賞を受賞)。“SFクズ論争”(発端はこちら)は1997年で、この時期が“氷河期”と呼ばれるSFどん底の時代になる。1998年に再び「本の雑誌」に復帰した著者は、精力的に全SFのレビューを執筆するが、SFプロパー系作家からヤングアダルト=ライトノベル系作家へと、世代交代の息吹きが感じられるようになる。1999年になると翻訳ではグレッグ・イーガンが登場。国内SFの再刊ブームが到来する。新人はホラー大賞系などSF以外の出身者が目立つ。一方、SF新人賞の公募もスタートする(発表は2000年)。2000年になると、SF新人賞(日本SF新人賞、小松左京賞)が発表され、SF出版も完全復活。ただし、ハヤカワ/創元/徳間時代は過ぎ去り、新しい作家/出版社が目立つようになる。2001年になると、現在も続く短編集/アンソロジイがベストという、書き下ろし大長編ばかりのアメリカSFとはまったく異なる日本独自の動きが見え始める。2002年にはハヤカワの切り札Jコレクションがスタート。既存の作家シリーズを超えた高水準の叢書となる。2003年から晶文社、河出書房新社の“異色作家”短編集がスタート。短編集では、話題のテッド・チャンも登場する。2004年には国書刊行会から「未来の文学」がスタートし、高価なハードカバーながら売れ行きも好調。そして、著者の長大なSF時評集が出版される2005年10月までが本書の守備範囲である。
 本書に対する受け取り方は、さまざまなようだ。著者も書いているが、時評の集積なので、(評論集のように)通読するのは苦痛という人もいるだろう。本書は、やはり“SF出版の流れ”として読むのが正しい。一方、記憶の再認識/再構築には便利で、特にこの後編では、自分がレビューを書いた本はずいぶん昔に思える反面、読んだだけの本はついこの間のように感じる。人の記憶部位(深い記憶と浅い記憶)の違いが実感できるという効果もある。
 (本書が)編集されたころは出ていないはずの新刊レビューが、なぜか含まれる。やはり未来を見てしまった男には、不幸が訪れるのだろう。とかいう、トワイライト・ゾーン風の古いオチが不思議と似合う純粋SF者読本でもある。
 

bullet 『現代SF1500冊 乱闘編』評者のレビュー

 

2005/12/18

Amazon『ストリンガーの沈黙』(早川書房)

林 譲治『ストリンガーの沈黙』(早川書房)


Cover Illustration:緒方剛志、Cover Direction & Design:岩郷重力+Y.S

 林譲治の書き下ろしハードSF。3年前に出た『ウロボロスの波動』(オムニバス短編集)の世界を描いた続編でもある。
 22世紀後半、ブラックホールの制御技術を持つAADDは、唯一のエネルギー資源「反物質」の製造法も押さえ、事実上太陽系の主導権を握っていた。そんな状況に我慢がならない地球側は密かに宇宙艦隊の整備を進め、奇襲攻撃での逆転を狙っていた。折しも、AADDの本拠、天王星軌道上の人工降着円盤では、原因不明のシステム不安定が発生し、数百万の住民避難までが進められている。一方、はるか太陽系辺境から接近しつつある謎の物体「ストリンガー」に、地球・AADD合同調査チームが向かいつつあった。
 視点も豊富(地球艦隊対AADDの軍事的駆け引き、文化の異なる混成チームによるファーストコンタクト、コンピュータネットワークに潜む不安定要素を探索する経緯等)で、複雑にお話は進む。今回、これら伏線は、結末に明かされる異種の知性体ストリンガーの正体と絡み合い、お互いが関連することで相乗効果を上げているようだ。
 問題があるとすると、守旧派である地球側(権威主義的、階級社会)の描写が類型的に過ぎる点、不安定を起こすシステムが既存のコンピュータ・ネットワークと似ているように思える点だろう。この小説は社会対社会、システム対システムをテーマにしている割りに、対立点に対する描写がやや浅く抑えられている。人によっては物足りなく感じるかもしれない。 
 

bullet 『ウロボロスの波動』評者のレビュー
bullet 『記憶汚染』評者のレビュー

 

Amazon『記憶の食卓』(角川書店)

牧野修『記憶の食卓』(角川書店)


装画:やまもとちかひと、装丁:角川書店装丁室

 9月に出た本。2004年に週刊アスキーに連載した長編を加筆修正したものである。
 名簿屋に勤める主人公は、ある日大量の買取資料の山から、見知らぬ名簿を見つけ出す。わずか数十頁の綴じられたコピー印刷、書かれた人物も14名のみ。しかし、そのうちの数人は惨たらしい連続殺人事件の被害者なのだった。
 中華料理の名前(実在するかどうかは知りません)を章題にしていることから分かるように、本書は単なる猟奇殺人ホラーではなく、食に絡んだ連続殺人の謎を探るという展開がとられている。従って、登場人物は異様なまでに食に対する恐怖感/羨望を抱えている。ということで、聖餐に関連する聖書ネタ、電波系怪人、極端な拒食者、気弱な主人公と強気な姉御、食に無関心な小学生と異様に堪能する女の子など、テーマ周辺には食の異常者が溢れかえる。とはいえ、本書の謎解きでこのテーマ全体がxxだった可能性に言及しているのは、ちょっと印象を曖昧にしすぎたのでは。
 

bullet 『蝿の女』評者のレビュー

 

2005/12/25

Amazon『空獏』(早川書房)

北野勇作『空獏』(早川書房)


Cover Illustration:佐久間真人、Cover Direction & Design:岩郷重力+Y.S

 今年8月に出た、再開Jコレクションの1冊(『ハイドゥナン』の翌月刊行)。
 北野勇作の描く「戦時生活」。この世界では、どこかで戦争が行われている。
 商店街に侵入する敵を探し、ひたすら塹壕を掘り進み、獏の形をした巨大ロボットでヒトと戦い、失われた記憶の中にある社員寮に彷徨いこんで、西瓜割り競技の西瓜自身になり、まるでとなり町までのような宇宙空間を遠征し、公園のプラネタリウムに呼び出され、辞めたはずの会社に舞い戻り、決戦兵器を生み出すための行軍に参加する…そしてまた、この世界は誰かが/誰もが見る夢の中にあるのかもしれない。
 という、不可思議な世界だ。北野勇作の場合、描いている対象自体がシームレス(各作品間の継ぎ目が見えない)であると同時に、作品の印象までがシームレスになってしまう。本書では、ショートショートと短編を組み合わせ、既刊の作品との違いを見せようとしているが、それでもどこかで読んだような/知っていたような気がしてしまう。いやいや、それこそ作者の意図通りなのかも知れません。
 

bullet 『人面町四丁目』評者のレビュー

 

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