2005/3/6

Amazon 『蠅の女』(光文社) BK1 『アシャワンの乙女たち』(朝日ソノラマ)

牧野修『蠅の女』(光文社)
カバーデザイン:松本美紀、装画:リチャード・ダッド

牧野修『アシャワンの乙女たち』(朝日ソノラマ)
カバーイラスト:山本ヤマト、カバーデザイン:松倉真由美

 昨年11月に出た『アシャワンの乙女たち』、12月に出た『蠅の女』という、牧野修書下ろし長編2作。後者は350枚ほどなので、中篇といってもいい内容である。
 『蠅の女』はこんな話。廃墟マニアたちがたまたま目撃した救世主教団は、単なるカルトではなかった。死者たちを復活させることで、真の救世主自身を現出しようとするのである。救世主に対抗するには悪魔しかない、かくして若い女性の姿をした蠅の王を召喚した主人公は…。 と、作者得意の聖書ネタをテーマに、神がカルトで悪魔が味方という逆転した関係を描いている。長さの関係か、逆転の度合いはやや弱め。
 『アシャワンの乙女たち』は、明治生まれの少女小説家、吉屋信子が伝奇小説を書いたら、なぜか特撮ヒーローものになってしまった、というようなお話。光に溢れる女学校第四ボロヴィニア学園、中等部の学生である主人公木戸猛(美弥)は白鳥健(すこやか)との運命的な出会いを経て、暗闇と戦う戦士「バアル・オーム」に変身する。自殺者を再生して眷属とする<絶対悪(ドゥルジ)>が攻め寄せる中、少女たちからなる<美徳の象徴(アシャ)>は如何に戦うのか…。
  死者をゾンビに再生させる敵との戦いなので、この2作は似ているといえなくもない。自殺に追い込まれる少女の病的な独白は、いかにも牧野流で怖いが、各章の表題が少女小説を意識した花の名前であったり、光と影の関係(ゾロアスター教)が「勧善懲悪」に置き換えられて明快など、お話も分かりやすい。とはいえ、邪悪な裏があるような気もする。

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bullet 『楽園の知恵』評者のレビュー

2005/3/13

Amazon 『黄金の門』(角川春樹事務所)

平谷美樹『黄金の門』(角川春樹事務所)

カバーデザイン:芦澤泰偉、カバーオブジェ:三浦均、カバー写真撮影:二塚一徹

 『エリ・エリ』『レスレクティオ』に続く“神の探索”3部作の(年代的に)第1部に相当する作品。同一テーマでは、処女作『エンデュミオン、エンデュミオン』があるので、著者最大のテーマであるといえる。
 近未来、ほんの数年後のエルサレム。主人公は世界を放浪する中で、エルサレムに立ち寄り、ゲセマネの園での発掘調査に参加する。エルサレムでは地域住民の対立が深まる中、パレスチナとユダヤ地区を分離していた壁が、街のいたるところに築かれようとしている。その街で、新たな救世主出現の噂が囁かれる。そして、主人公が掘り当てた陶片で幻視したものとは。
 ゲセマネ(ゲッセマネ)の園の後で何が起こったかは、著者のショート・ショート(こちら)にも書かれている。舞台は3つの宗教の聖地。主人公は神の啓示のようなものを視るのだが、その一方で、人々が信じてきた旧来の神の存在が意味を失っていることを感じ取る。不思議な少年ヨシュア、救世主に傾倒するパレスチナ人の青年マスウード、彼らをめぐる法王庁とモサド、米軍の暗闘と、お話はエルサレムの複雑さを象徴する展開となる(このあたりの混沌は、『鎮魂歌』とも似ている)。
 さて、本書で失われつつある“神の存在”は、『エリ・エリ』で明確となり、『レスレクティオ』での探索を待つことになる。“神”はまさしく、非科学/不合理な心の産物=ファンタジイの産物なのだが、その一方で人の心を成立させる重大な要素でもある(つまり、“人間はファンタジイで構成されている”といえる)。精神の奥底をたどる平谷美樹の探索の旅は、これからも続くことになるだろう。

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bullet エルサレム旧市街図
地図でMt. of Olivesとあるあたりがゲセマネの園。Golden Gateが黄金の門に相当。

2005/3/20

Amazon 『ホミニッド―原人―』(早川書房)

ロバート・J・ソウヤー 『ホミニッド―原人―』(早川書房)
Hominids 2002(内田昌之訳)

Cover Direction & Design:岩郷重力、Cover Illustration:L.O.S.164+WONDER WORKZ。

 ホミニッド3部作(ネアンデルタール・パララックス3部作)の第1作。既に2003年に第2作 Humans と第3作 Hybrids が出ており、3部作として完結している(詳細は著者の公式サイトを参照)。
 ネアンデルタール人が人類として生き残り、ホモ・サピエンスが滅んだ並行世界から、量子コンピュータの事故で我々の世界へと飛ばされてきた「原人」科学者が主人公。「こちら側」のニュートリノ検出器に出現した主人公は、DNA鑑定の結果ネアンデルタール人と判明し、マスコミに追われる展開になる。一方、「あちら側」では、残されたパートナが殺人事件の犯人として断罪されようとしていた。ネアンデルタールの社会では、犯罪/暴力行為は厳重に管理されており、犯した場合の罪も重い。
 という、ある種法廷ミステリ風のサスペンスと、暴力否定/人口抑制のための社会秩序に配慮したネアンデルタール社会を、人類と対照的に描き出した点が本書のミソといえる。チンパンジーより近いとはいえ、お互い理解しあえるほど思想が似ているとは思い難いが、ソウヤーの場合、恐竜や異星人すらメンタリティは人類と大差がないのが普通。逆にそれだけ安心して読める。ほとんどアクションのない本書も、リーダビリティは保証つきである。

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bullet 『イリーガル・エイリアン』評者のレビュー
その他作品レビューもこちらを参照。

2005/3/27

Amazon 『神狩り2』(徳間書店)

山田正紀『神狩り2 リッパー』(徳間書店)


装画:生頼範義「我々の所産」

 山田正紀の事実上のデビュー作『神狩り』(単行本は1975年だが、先行する中篇版は1974年にSFマガジンに一挙掲載された)の、30年ぶりとなる続編。1000枚を超す大作で、アナウンスからも既に2年が経っている。リッパーとはリッピングから来た言葉(たとえば、CDのリッピングをする等)なので、「分けること/切り裂くこと」を指すが、本書では「赤い色」、「(エデンの園の)究極の知恵の果実」など、さまざまな意味が与えられる。
 前作の主人公島津が、古代遺跡で神の文字を発見してから30年が過ぎた。神との戦いはまだ決着しておらず、人類の結束も得られていない。街では奇妙な惨殺事件が頻発し、人ではない超常者「天使」が暗躍している。事件を追う刑事、大脳生理学と情報科学による「絶対機関」と呼ばれる計算機を開発した科学者、サヴァン症の少年を脱北させるインテリ密売人、母(島津の元恋人)を惨殺された被害者の娘らは、さまざまな立場から、隠れた神の存在に迫っていくが…。
 作者あとがきには、SFのカッコよさをいかに実現するかを主眼にした、とある。デビュー当時から、まさにこの点が山田正紀のポイントだった(翻訳では、ロジャー・ゼラズニイの諸作と対を成すものだ)。たとえば、時代の流行を採り入れ、言語理論やヴィトゲンシュタインを引用しながら(しかし深入りせず)、スタイルと割り切って小道具化する作風がカッコよさそのものだった。もちろん、単なるガジェットで終わらず、テーマの本質を突いていたからこそ、作品として生き残れたといえる。本書では、それが聖書 (小林泰三/牧野修ら)―大脳生理学 (瀬名秀明/テッド・チャン)―自閉症 (グレッグ・イーガン/エリザベス・ムーン)という、これまた最新ネタにアップデートされている。前作をどのようにして読んだか、いつの時代に読んだかで、本書の感想も異なってくるだろう。とはいえ、小説技法的にははるかに優れた本書ながら、ガジェットが必ずしも目新しくなく、読み難さが増して、カッコよさだけで読めなくなった点がちょっと残念。

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bullet 山田正紀の発言に関する評者のコメント

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